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同じ頃、守恵子《もりえこ》の房《へや》にいたはずの男が、肩を擦りながら、ごちていた。
「たかが、鯨尺《ものさし》と言っても、加減無しとくれば、かなり痛いのですけれど。上野様には、参るなぁ」
ボソリと、手に持つ松明の明かりが揺れ、細い黒煙が立ち登った。
「おやおや、こちらも、油切れ」
夜道の足元を照らすはずの明かりは、だんだんと、勢いを失っていく。
「上野様に気付かれた以上、大納言様のお屋敷で、灯りは借りられないだろうし」
男は、側に連なる築地塀の向こうを望んだ。
それにしても、嫌な、夜だ。
月の満ち欠けが始まる、朔月《しんげつ》で無いにも関わらず、空が暗い。
薄雲が、かかっているとはいえ、合間から漏れる月明かりは、異常に陰っていた。いや、月の命が弱って見えた。それを悟られまいと、月もまた、雲隠れしているように思えた。
凡人には、わからない、些細な変化も、陰陽師という仕事柄、この男には、感じ取れる。
何事もなければ良いのだがと、男は、再び、屋敷を見た。
視線の先には、守りたい人がいる。
式神を放ち、心すこやかに過ごしておられるか、様子を伺っているが、お付きの女房の勘の鋭さよ。
狩りに連れていく、猟犬に等しく鼻が効き、お陰で、今宵も式神は撃退され、鯨尺の仕置きを受けた。
念が落ちた式神へ降りかかったものは、主である男に戻って来る。ピシャリと、打たれた肩の痛むこと。
「ああ、まったく、本当に、嫌な夜だ」