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「くっそがあああ! なんだあれは! なんなんだ!」
第一王子は、癇癪を起した子供のように、戦艦に向かって吠えていた。
激しい斉射を受け、二百の兵の前列が崩壊した。
ただのゴム弾ではない。
死者こそ出ていないらしいものの、その身に被弾した者は、気絶するほどの威力だった。
抱えていたミサイルランチャーも、その特殊なゴム弾の威力で取り落とした者が多い。
それだけではなく、兵達はよろめき将棋倒しになったり、直接被弾して、もんぞりうっている者も居る。
王子部隊は開幕早々から、撤退すべきレベルまで崩壊させられたのだった。
過半数はまだ無事とはいえ、次が来たらもう、どうしようもない。
などと思考しているうちに、対処する間もなく次弾が来た。
先程と同じように、黒い弾幕がドッパと、隊列めがけて正確に飛んで来る。
それはまさしく黒い幕のようで、一瞬で「逃げ場などとこにもない」と、戦意を喪失させるものだった。
――そして瞬く間に、六割以上が継戦不能な状態になってしまった。
あまりにも一瞬の出来事で、どうしようもなくあっけないものだった。
「くっそぐあああああ! 貴様ら! それでも俺に選ばれた兵か! ゴム弾ごときで何をしている! 転生者はどこだ! もうあのデカブツも魔王もどうでもいい! 聖女を狙え!」
側に控えていたはずの、この部隊の火力役。
転生者はいわば、王子部隊の主砲だ。
「さっ、先程被弾して、そちらで気絶しています!」
まだ無傷の兵が、速やかに進言してくれた。
その声には、もう終わりにして降参してくださいと、そういう意図が含まれている。
「お……おのれぇ……おのれおのれおのれ! 何の役にも立たんクズが! もういい! 団長! 聞こえるか! そっちの兵器全てだ! 武装車も全部聖女に使え! 聖女を狙うのだ!」
王子は通信機に向かってそう叫び、そしてすぐさま返事が来ない事にまた苛立っている。
「……し、しかし殿下。それでは魔王が自由に。それに先制を取られた上に、こちらが混乱しているこの状況では――」
すでに、作戦は失敗しているのだと進言して……一万の軍を下げたかった。
「いいからやれと言っている! さっさと撃て! 俺まで撃たれるだろうがグズグズするな!」
問答無用だった。
完全に頭に血が昇り、今この状況では出来もしないはずの復讐に、完全に囚われてしまっている。
団長は、殿下の作戦に賛同した自分を呪った。しかし、この殿下のもとに付いていた時点で、もはや運命には逆らえなかっただろうと思った。
いや、思っていたのだ。
しばらく前から、ずっと。
聖女が現れ、聖女に絡んだせいで痛い目に合い、そして情けをかけられたお陰で、まだ生きていた。その命の使い道を、誤ったのだと悟った。
その命運が、尽きるのだなと……彼は空を仰いだ。
「戦闘車一番から二十、巨大なあれ目掛けて斉射。二十一から五十、同じく続けざまに撃て。そして……」
団長は、ミサイルの斉射が、巨大な船に全く効いていないのを横目に、丘を見た。
聖女の立つ丘を。
命を取らずにいてくれた聖女を遠目に見上げ、そしてため息をついた。
「五十一から七十番、聖女の居る丘方向を狙え。だが……着弾地点は、そのずっと向こうにしろ。当てるなよ。これは……模擬戦なのだからな」
国王もその場に居るのだから。
でも、そこまで言う必要はなかった。
――あの殺気を感じたからだった。
聖女を殺そうとしてしくじった時の、一緒に居たあの男の放つ殺気を。
今どこに居るかは、この混乱の中では分からない。
しかし、聖女を狙えと命じ、その砲身がそこに向いてすぐに、命を削られるような寒気がしたのだ。
「もう、それで作戦終了だ。命あれば、また会おう……」
騎士団長は今になって、あの時見逃してもらった恩を、仇で返してしまった事を悔いた。
王国のためと信じ、国と民を想って、その使命を全うしようとしていたというのに。
「――撃て」
その言葉を、希望の無い声で言った。
同じく第一王子の、世界を見た上で厳しく振舞おうとしていた姿に、惚れこんでいたというのに。
「……今の殿下は、何かの妄執に憑りつかれ、聖女への復讐しか頭にない……壊れてしまったのだ」
殿下は死ぬだろう。
自分も死ぬだろう。
それで、王国と魔族は和平に向かうはずだ。
「私と殿下の死が、和平へと繋がるといいなぁ……」
騎士団長は、聖女の立つ丘に向かって、目を閉じた。
胸に拳を当て、祈りを捧げるように。
**
魔王は上空に居た。
巨大戦艦からの特殊なゴム弾の斉射を受け、さすがに当たると痛そうだなと踏んで。
そして、その要塞じみたそびえ立つ船を、さらに高くから見下ろして戦況を眺めていた。
「熱源探知などは出来ないのか、それとも、その範囲が上に向いていないのか……」
魔王は次に動いた時に、自身の体温を目印にされる可能性を、捨ててはいない。
「しかし、あの馬鹿は模擬戦のルールを忘れたか。一万の方を使うとはな」
模擬戦には勝った。相手の反則負けが確定したのだ。
「だが、やはりあの軍勢の用意、気になるな……。さては、本来は模擬戦で何か別の事を仕掛け、それを目隠しにして俺の領土を踏み荒らすつもりだったか?」
その目的以外に、あの無駄なデモンストレーションと、一万の兵は不要だったろうと。
ただ、今すぐに殲滅するわけにはいかない。
確たる証拠がなければ、あの数を殺すと厄介な事になりそうだと魔王は思った。
先を読んだからと言って、まだ行動していない相手に、付け入る隙を作る訳にはいかない。
だが――。
そんな事はすぐに、どうでもよくなった。
「あの野郎……俺のサラに砲身を向けたな」
許すわけがなかった。
後で王国から何を言われようと、殺戮兵器を、愛する妻に向けられて許せるはずがない。
たとえこのまま、戦争になろうとも。
「馬鹿は死なねば治らんのは、いつまで経っても変わらないな」
魔王は、妻の居る丘に転移した。
命よりも大切な妻を護るために。
ついでに、国王に一言、断っておくために。