「国王よ。あれを見たな? こちらに砲身を向け、俺の妻に攻撃の意図を示した」
魔王は国王を一瞥すると、発射されたミサイル群に向けて手をかざす。
「ま、魔王よ、待ってくれ! 何かの間違いだ! やめよ! 協定を破棄する気か!」
その言葉をかける間に、ミサイルはこちらに向かって飛来し始めた。
「戯言を。ともかくあれを処理する」
かざした手を真っ直ぐ空に向けると、魔王は何かを掴んで、引きずり下ろすように勢いよく腕を下げた。
「帳(とばり)落ちる夜の沈黙」
そうつぶやくのを、ウレインと聖女はなんとか聞き取った。
――空一面が、そういう広大な布であったかのように、たわみながらズルリと地に引き込まれていく。
突如にして夜が広がり、その星々の煌めきも空を追いかけるように、地の一点に向けて流れ込んでは消える。
それに巻き込まれるようにして、ミサイルの群れは全て、一瞬で地面の中に吸い込まれた。
鈍い音を響かせ、荒野の下で少しの振動。
一転、地に引きずり込まれたはずの空は、また元のように青く広がっていた。
「こ、これは一体……」
状況を把握できずに、国王はわなわなと震えている。
その護衛達も、そしてウレインも同じように、震えはせずとも呆然としていた。
「国王、あれは誰の指示だろうな」
魔王は冷たく問う。
振り向きさえせず、答えを待つ事さえ、煩わしいのだという風に。
「だ、団長だろう! 戦闘車から放たれたのだ。それを指揮する騎士団長が勝手にやったのだ!」
そんなはずがないのは、誰の目にも明らかであるのに彼は、そう叫んだ。
それは王としてではなく、我が子かわいさに発した、ただ人の親としての言葉だった。
「見苦しいぞ国王。このまま魔族と戦争を始めるか、それとも、あの愚かな男の首ひとつで手を打つか。即座に選べ」
その返答いかんで、今すぐに国王の首が落ちる。
そして護衛達の首も、同時に落ちるだろう。
もちろん、この荒野に居る一万の軍勢も、王都すべての民のものも。
「……いや……しかし……」
「くだらん男だ……。ウレインとやら、貴様の声も聞いてやろう」
「は、はい。……私は、和平協定を崩したくありません。第一王子の愚行と、その責任を追及します」
「だそうだ。もう一度だけ聞いてやる。どちらかを選べ、国王」
魔王は焦れながらも、国王をもう一度見た。
今度は向き直り、その灰の瞳で、国王の目を真っ直ぐに見下ろして。
「……あやつの罪を……認める……」
国王はうつむき、目を逸らすようにして小さく言った。
どうあがいても、第一王子の死は免れない。
あれだけを死なせるか、王国の民全てを生贄に捧げ、その上なお、あれも死ぬのか、どちらを選べば良いかは考えるまでもない。
ただ、国内においてなら、王族として罪をうやむやに出来たはずだった。
しかし今回ばかりは、相手が悪い。
王国の持てる最高の兵器を用いてさえ、手も足も出ない相手に脅されては。
「――返事が遅いぞ。あやうくここにいる人間全てを殺すところだった」
容赦のない言葉を置いて残すと、魔王は一瞬にして姿を消した。
……その姿を見送った聖女は、この中でただ一人、熱い眼差しでいた。
ただし、それを見せないように一歩さらに進み、誰からも顔を見られないようにして。
そうして、あの軍勢の、総崩れになった辺りを一心に見つめた。
そこに最愛の人を探す。
けれど見つけるよりも先に、蜘蛛の子を散らすようにワッと人が散ったのが見えた。
おそらく、第一王子が倒れたのだろう。
「魔王さま――」
その小さくささやいた声は、この状況にあって、恋焦がれる乙女のものであった。
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