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「……おい、なんだありゃ」
部屋から出てきたばかりの菊池と芥川の姿を認め、廊下の向こうで足を止めたのは直木三十五だった
その隣にはあからさまに顔を歪めた久米正雄と苦笑いを浮かべた山本有三がいる
「寛、君…その頭。新手の嫌がらせかい?」
久米が呆れたように指差したのは菊池の耳元で不格好にしぶとく咲き誇る白い小菊の群れだ
「うるせぇな。龍が『最高傑作だ』とか言って勝手に植え付けたんだよ」
菊池がぶっきらぼうに言い捨てると隣で芥川が「植え付けただなんて人聞きの悪い。芸術的配置だよ」と涼しい顔で付け加える
「面白そうじゃねぇか」
我慢できなくなった直木が割り込んだ
「芥川、俺を差し置いてそんなことをヒロシにするなんて……!ヒロシ、こっち向け。俺がもう少しこう…」
「やめろ直木、これ以上増やしてどうすんだ!重いんだよ!」
逃げる菊池を直木が追い回し廊下が一気に騒がしくなる
その様子を眺めながら山本が静かに口を開いた
「……でもいいじゃないか三月六日にそんな風に追いかけ回されているのは」
山本の言葉に久米もふっと視線を落とした
かつてのこの日、彼らがどれほどの喪失感の中で立ち尽くしていたか
菊池寛という大きな支柱を失い、文壇が、そして自分達の世界がどれほど寒々しくなったか
それを知る彼らにとって今この「馬鹿げた騒ぎ」は何物にも代えがたい救いだった
「………まあ似合ってないのは確かだけどね」
久米が毒づきながらもどこか満足げに笑う
「おい久米!お前まで笑うな!龍、お前も笑ってないでなんとかしろ!」
「ふふ、いい光景だ。寛、君はやっぱり僕達の真ん中でそうやって怒ったり笑ったりする方が一番いい」
芥川は穏やかな目で花を散らさないように逃げ回る親友を見つめていた
「さあ行くぞ。今日はヒロシの日だ。全員の飲み代、お前のツケで落としておくぜ」
「……直木!お前どさくさに紛れて何言ってんだ!」
五人の笑い声が図書館の廊下に響き渡る
三月六日
悲しみで止まっていた時計の針は今、親友達が交わす冗談と小菊の白さの中で賑やかに時を刻み続けていた
完
パピコォォォ
#坪内逍遥(文豪とアルケミスト)