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星天祭一日目は、最高のフィナーレを飾り、幕を下ろした。本当はもうちょっと、回っていたかったし、夜市はまた違った雰囲気があって面白そうと思ったのだが、そろそろ帰らなければならない時間だったのだ。名残惜しさもありつつ、明日も行こうか、それとも、最終日に行こうかとアルフレートと話しながら帰る帰り道は幸せに満ちていた。
「アル、今日はありがとう。とっても楽しかった」
「こちらこそだよ。テオが楽しんでくれて、きたかいがあったなって思って」
「アルは楽しかった?」
「もちろんだよ。ずっと行きたかったって言っていたでしょ? 子供のときから」
いつも、最初に僕の名前がくるので、アルフレート自身は楽しんでいないんじゃないかと思っていた。でも、その言葉を聞いて楽しかったんだとほっとする。もちろん、祭りの楽しみ方は人それぞれなので文句を言うつもりはないのだが、アルフレートが心から楽しんでくれていたらいいなとは思うのだ。
ぽつぽつとついた明かりが、僕たちの足元に黒い影を落とす。輪郭がはっきりしている影は、僕たちとともに揺れる。
今も、恋人つなぎで歩いていて掌にはちょっとの汗がにじんでいる。祭りの最中、僕たちのように恋人つなぎをしているカップルが何組もあった。とても幸せそうで、僕たちも同じように幸せをかみしめているんだと嬉しくなる。はじめは恥ずかしかったが、それもだんだんなくなっていって、慣れていく。
やっと、恋人らしいことをしているなという感覚になった。そして、学生らしいことをしていると。
(アルが学園に来てからもう数か月。すごい速さで進んでいったな……)
ゲームのシナリオにはないこと。
アルフレートが学園にやってきて、悪役令息になる予定だったランベルトと衝突して、僕とアルフレートは恋人になって。それから、野外研修にいってランベルトと再度衝突からの和解、そして故郷へ戻って故郷が燃えて……
目まぐるしい日々の中生きているのに、すべてが昨日の出来事のように思い出されるから不思議だ。
つらいことのほうが多いけれど、ずっと一緒にいてほしかった人が隣にいるだけで、こんなにも世界が輝いて見えるのだから僕は幸せだと思う。
十一年は、まだ埋まったようには思わないけど。いや、一生埋まらないんだろうけど。
僕の手を引っ張ってくれたアルフレートが、振り返らず話始める。最初、何を言っているか聞き取れなかったが、僕の名前を口にした瞬間、周りの雑音が聞こえなくなったように彼の声だけが耳に響く。
「テオ」
「何、アル?」
「十一年間のこと、まだまだ話せていないこと多くて、ごめんね」
「え……ううん、いいよ。アルにとって、つらいこと、だったかもしれないから。僕は無理に聞こうとは思わないよ」
いきなり、彼が十一年の話をする。
ドクンと心臓が嫌なふうに脈打って、僕は顔をそらしたくなった。でも、受け入れなければと必死に彼の手を掴んで顔を上げる。アルフレートは自分の多くを語らないから、こうして話してくれるだけありがたいと思わないといけない。知りたいのなら、こっちから踏み込むべきなんだろうけど。
ありがとう、とアルフレートは言ったうえで言葉を一度区切った。
歩くスピードが、段々遅くなっていって、それで、一歩、一歩、と秒針を刻むようなスピードで歩き始める。
「テオと離れて数年後に一回夜会であったよね。あのときから、もう、僕とテオは違う世界で生きているんじゃないかって思って怖くなった。他人になった気がした。これまでは、家族のようなそんな関係だったのに。貴族や、勇者を恨むと同時に、少しだけテオのことも嫌いになりそうだった……でも、嫌いになれなくて、思いだけが膨らんでいった。完璧で最強の勇者になったら、テオは振り向いてくれるとか、テオを自分のものにできるとか……そんなことばっかり考える十一年だった」
「僕を嫌いに?」
「だって、テオが他人みたいにふるまったんだもん。傷ついたんだよ」
と、アルフレートは笑いながら言う。きっと、彼にとっては笑えないことなんだろうけど、僕を傷つけないためにわざと明るいトーンで言っている。
僕は、足を止めそうになった。でも、彼の手を引っ張りたいわけじゃないから、おぼつかない足取りで歩いていく。
心臓が止まりそうになる。でも、僕よりもそれを感じているのはアルフレートなんじゃないかってわかっているから、僕が傷つくのはおかしい。
確かに、あの夜会のとき、僕もすむ世界が違うんだって思って距離をとってしまった。もしあのとき、あの頃のように接することができたら? そしたら、アルフレートは傷つかずに済んだ?
何度も頭でぐるぐると回ること。ずっと、気にしていたことが目の前にあって、どう対処すればいいかわからない。そうしているうちに、またアルフレートは自分の思いを隠す。
「でもいいんだ。こうして、無理やりにでも学園に入って、テオの隣をもう一度手に入れることができて。それ以上にのぞむことなんてないよ。もう、元通り。これ以上俺は、俺の欲でテオを傷つけたくない」
「アル?」
僕の手を掴んでいないほうの手がぎゅっと握られていた。その手のひらからたらたらと血が流れていることに気づいたのは、目戦を移して、しばらくしてからだった。そんなに、握ってはいけない。治るかもだけど、痛いからダメだ、といおうと手を伸ばした時、スッと前に何かが現れた。何もない空間からいきなり、何かが――
「いいじゃないすか。欲望のまま生きたら、それこそ、人間らしいと思いますけどね、僕様は。ねえ、勇者アルフレート・エルフォルク」
「……ッ!!」
「……ガイツ」
聞き覚えのある声。でも、その声は、何かと混ざって、不協和音を奏でている。その、混ざった声が誰だかわかってしまったこともあり、僕はうろたえる。ただ、アルフレートだけは、彼の正体に気づいてもうろたえることなく、中に入っているものの名前を呼んでそいつを睨みつけていた。
逃げなければ――と、身体は思ったが、今ここで逃げたら、星天祭に来ている人たちが巻き込まれるんじゃないかと思った。後ろに逃げるのはなし。だからといってこの町の中を逃げ回るのも。
そう思っていれば、ヴォンと足元に、僕たちを容易に包み込む大きさの魔法陣が浮かび上がる。それは、目に痛いショッキングピンクの魔法陣だった。
アルフレートはすぐさま剣を異空間から取り出して、その魔法陣を破壊しようとしたが、ガイツはフード越しにニヤリと笑うと、指を鳴らした。刹那、ものすごい勢いで魔法陣が回転し、僕たちを包んでいく。魔法陣を破壊するには、一番脆い部分、裂け目に攻撃を与えなければならない。それを防ぐために、魔法陣を高速回転させたのだろう。だが、そんなもの簡単にはできない。七大魔物だからこそできる芸当。
「クッ……」
「ふ、アハハハハハハハ! 二名様、ご案な~い!!」
魔法陣の解除は間に合わず、僕たちの意識は飲まれていく。最後に聞こえた、気味の悪いガイツの声に、僕は頭が痛くてたまらなかった。
「――……ここ、は?」
目が覚めると、そこは知らない場所だった。ぴちょん、ぽちょん、と水が滴る音がする。そして、少し生臭く、ネズミがちゅうと足元を這った。また、水がゆっくりと流れているようで、片耳には流水音が絶えず聞こえている。
「テオ、テオ!」
「アル……?」
揺さぶられ、意識は確実に覚醒する。
目を空けたら、よかった、というようにアルフレートが胸をなでおろし、ホッとしたような顔で微笑みかける。
転移魔法によって僕たちは飛ばされたわけだったが、別々の場所に飛ばされなくてよかったなと、心から思った。ガイツほどの魔物であれば、別々の場所に転移させることなんて容易だろうから。
アルフレートに手伝ってもらいながら体を起こし、僕はあたりを見渡した。どうやら、僕たちが飛ばされた場所は、下水道らしく、気味の悪い明りがほんのりついているくらいの、ほの暗い場所だった。臭いもかなり漂っている。
「……学園の下の下水道だろうね」
「ええ、そんなこともわかるの?」
「うん……でも、限りなく、学園の外だね。学園からの廃棄物が流れている感じで、ここは、学園内の結界の境といったところかな。そんなことをしなくても、君は学園の中に入れるはずなんだけどね」
と、アルフレートはシュンと剣を取り出して、それを構えた。下がってて、というように、僕の前に手を出して、暗闇から現れたその人物に声をかける。
カツ、カツ……と靴を鳴らしながら近づいてきたのは、この間僕を襲ったガイツだった。だった、といってもローブを目深にかぶっているのでわからない。ただ、身長は前とは違うし、先ほどの声だって。
「ああ、やっぱりわかっちゃうんですね、わかっちゃうんすね。じゃあ、な~んで、泳がせておいたんでしょうね」
「……ッ、アヴァリス?」
「アハハハハハハハ! 間抜け顔、いただきました! そう、アヴァリスちゃんで~す☆」
ローブを脱ぎ捨て、きゅぴんというようなぶりっ子ポーズをしたガイツの容姿は、僕たちがよく知っているアヴァリスそのものだった。脱いだローブは下水に流れていき、すでに正体を隠す必要がなくなった彼は、アヒャヒャヒャヒャヒャ! とさすがのアヴァリスでもしないような下品な笑い声をあげていた。
アルフレートは初めから気づいていたようで何も言わなかったが、僕は衝撃的だった。
もしかしたら、と引っかかるところもあったが、信じたくなかっただけかもしれない。
(いつ、いつから?)
研修のときにはすでにアヴァリスの中身はガイツだったということだろうか。それとも、アヴァリスが病気から復帰した時から? もしくは、その病気というのも、ガイツが仕組んだこと?
ぐるぐると頭を回っていくが、答えは出てくれそうにない。
それと、完全にアヴァリスの身体にガイツが出てきてしまっているということは、すでにアヴァリスは……?
「はいはい、下級生物の絶望の表情さいっこうにいいですね~でも、でも、でも、でも、でも! そっちの、勇者様はそうでもないよーで!? んーなんか、拍子抜けっすねぇ。もうちょっと、慈悲的な何かないんすか。ああああああ! クラスメイトが、魔物だったなんて! 的な」
「……お遊びに付き合っている時間、俺にはないよ」
「まあまあ、お話ししましょうよ。そんな、カッカしないで」
と、ガイツはやれやれといった様子で肩をすくめたが、その隙をついてアルフレートが切りかかる。
先手必勝――とはいかず、反応に遅れたはずのガイツは手でアルフレートの動きを受け止める。彼の手はすでに人間ではなく、紫色の気味の悪い四爪の化け物となっていた。
「ふん、おしゃべり嫌いなタイプっすか、勇者様」
「今のを防ぐって、さすが七大魔物か……でも、こっちも簡単にはやられない」
アルフレートは手を上げ、五本の指にそれぞれ違う魔法を生み出す。そして、それを振りかざした瞬間、指の先から、火、水、木、雷、土の五元素の魔法が飛び出した。ガイツは、ありゃ? と、間抜けな声を上げてその攻撃を真正面から食らう。
ヴオッ! と、聞いたことのない爆発音が響き、あたりに白い煙が立ち込める。やったか、と思ったが、これまたこんなものではガイツはやられない。
アルフレートは後ろへ飛び、地面をすべるようにして手をつく。
「あ、アル」
「テオ、防御魔法はかけてあるから大丈夫だけど、動かないでね」
「う、うん」
アルフレートがたどる物語は知っていた。でも、変わった部分が多くて、もうすでに、ゲームの知識だけでは対応できない。
しかし、たどる物語として外せない要素があるのではないかとも薄々思っていた。それは、学園の学生を殺すという要素――
ランベルトは悪役になりえなかった。だから、他の誰かがその役を買って出なければならない……そんなシステム調整があったのではないだろうかと。
ここが、学園の敷地内であり、アヴァリスというクラスメイトが悪役になってしまったという要素を抽出すれば、それはゲームの要素通りなのではないかと。
結局、アルフレートが人間だったものを殺すことには変わりないのかと、僕は拳を握るしかなかった。アヴァリスの中からガイツを取り除くことができたら。
(聖女の力だったら、できる?)
ランベルトのときとは同じじゃないかもしれない。でも、できるのならやりたかった。
煙がサアァと引いていく。そして、その煙の中心にいたガイツは、ゆらりと揺らめいた。だが、その姿を見た瞬間、僕は言葉を失った。
「いったぁ~い、ですね。まあ、まあ。殺す気だったんすね。元クラスメイトを♡」
「……あ、ああ…………」
原形はとどめているものの、顔の皮膚はただれ、服だってボロボロに、肉も骨も見えたような状態のガイツが笑っている。流れる血は、赤と紫と、人間のものではない。だが、姿かたちは人間で――
ゴニュゴニュゴニュ……と、聞いたことのない音ともに、ガイツの身体が再生していく。ピンク色の髪も何の損傷もなく、きれいさっぱり戻ってしまうのだ。
それだけでもう人間じゃないと認識するには十分な姿をしていたのだった。
「さあ、続きをしましょうやです。勇者様」