「――あ、アル!」
回復したばかりのガイツにアルフレートは突進していく。そのスピードを生かし、剣をふるう。そして、先ほどのように、片手では魔法を生成して、穿つ。だが、それをガイツはひらりとかわし、当たったとしても秒で回復していった。
すでに、目では負えない速さの高次元な戦いが繰り広げられている。
下水道が潰れないのは、きっともともとこの学園内に張り巡らされている魔法と、アルフレートが二重にかけた魔法のおかげだと思う。そうではなければ、この二人がぶつかって、ただじゃすまないから。
アルフレートは、壁を蹴り、その勢いでガイツに攻撃を仕掛けるが、それもうまくかわされていた。
だが、ガイツは防ぐだけで精いっぱいなのか、自分から攻撃を仕掛けることはしない。ただアルフレートの隙をうかがっているように見えた。打つ手がないのだろう。
どちらかというと、ガイツは人を操ったり、感情を暴走させるような参謀……ではないが、頭脳や特殊攻撃タイプのように思える。だから、防ぐことはできるし、防御もそれなりに堅いが、攻撃事態はそこまでないと。
アルフレートの体力が尽きるのを待っているのだろうか。しかし、アルフレートはとまらず攻撃を続けている。でも、何かが足りなくて、決定打にかけるのか。
「あ、アル。大丈夫」
「……大丈夫だよ。テオのこと心配させたいわけじゃないしね」
と、時々振り返っていってくれる。そのときに飛んで来攻撃もひらりと避けて、切って。本当に高次元な存在だと思いしらされる。
「な~んか、つまらないっす! 殺してくれるなら、殺してくれればいーのにっ! あ、できないんすよね。一応、クラスメイトの身体だから」
「……」
「勇者様は優しいことで。でも、別に殺してもいいって思ってるんすよね? 実際は」
ガイツの言葉に、アルフレートの動きが止まる。
これだけ攻撃しているが、決定打にかけるのはガイツの身体がアヴァリスであることが大きいらしい。確かに、どこか、自分を抑えているような攻撃をしているように思えた。アヴァリスが戻ってくるか、戻ってこないかははっきりしない。でも、もし可能性があるとするのなら、戻したいと思っているのだろう。僕だって同じだ。
でも、そのせいで、アルフレートはガイツを倒せない。
ガイツはそれをわかっているからこそ、悠々とした態度で、彼の攻撃を受け止めているのだ。これでは、らちが明かない。
(僕、が……)
聖女の力であれば、どうにかなるかもしれない。そう思って、一歩踏み出すと、目の間でガイツが笑った気がした。先ほどまでのスピードとは比べ物にならないほど、加速し、一瞬にして僕と間合いを詰める。
目の前に来た顔は、ガイツではなくアヴァリスなのに、酷くゆがみ、口も三日月形に避けている。
「テオ!」
「ひっ……」
思わず、攻撃を受け止めるわけでもなくせめても、と手を前にかざす。
すると、バチッと何かがスパークし、ガイツの右腕が吹き飛んだ。焦げ臭いにおいが、あたりに漂い、チッと舌打ちがならされる。
「へえ……『聖女』の力っすか。この間まではただの雑魚だったのに。どーして、テメェ様みたいなぼんくらがそんな力持ってるんすかね」
「……はあ、はあ……今、僕?」
運良く発動した聖女の力は、悪しき存在であるガイツの腕を吹き飛ばした。どうやら、ガイツには僕の攻撃が効くらしい。
忌々しくガイツは僕をにらみつけ、吹き飛んだ手を再生していた。その、隙をついてアルフレートは背後から攻撃を仕掛けたが、それは交わされてしまう。
「ああ、いいこと思いついたっす。テメェ様の弱点を突けば、僕様の悲願は達成されるって……!!」
ニヤリと、不気味に笑ったかと思えば、僕の足元に魔法陣が現れる。何、と確認するまでもなく、その魔法陣から水が噴き出し、それが僕の身体にまとわりつく。ただの水ではなく、ねっとりとどこか粘着質を持ったもので、絡みつき、僕の身体は地面から足が離れていく。首を絞められているような形になり、息がうまくできない。
「テオ! ……っ」
「は~い、そこまでっすよ。勇者様。ここで、提案が一つあるっす」
「今すぐ、テオを解放しろ。関係ないだろ、テオは!」
「もう、きく耳持たないんだから勇者様は☆」
「……っ」
アルフレートがすぐに駆け付けてくれたが、ガイツは待ったと手を出す。アルフレートはぴたりと足を止め、苦々
しそうに唇を噛んでいた。
僕は絶えず、水攻めにあい、呼吸ができない。死の恐怖を感じながらも、アルフレートが心配で目を空ける。
「提案……?」
「そうそうそうそうそうそう! やっと、聞いてくれるんすね。僕様の話」
「テオを介抱してくれるならね、先に」
「それはできないっすよ。それで、僕様が殺されたらいやですかね。まあ、簡単な話ですよ、提案なんて……そう! 勇者様、テメェ様の身体を僕様に明け渡してほしいっす」
「……あ、ア、る」
ランベルトに聞いた話と全く同じだった。目の前でアヴァリスの身体が乗っ取られているのを見て、彼が人の身体を奪えるというのは周知の事実。
ガイツの要求は初めからそれだったと。
もし、彼の身体が乗っ取られたら? 勇者の力を奪われることになるだろうし、それこそ、この世界が危険にさらされる。死にたくないけれど、彼がガイツに体を明け渡すのだけは避けたかった。そんなことしないだろうけど。だって、アルフレートは勇者である自分も、しっかりと理解しているから。自分の必要性を――
「だ、め……ある、だめ、だよ」
「あ~あ~黙っててくれないすかね。てか、バカ酸素なくして、早死にしたいんですか、ああ?」
「……っ、っ……」
僕は、首を横に振る。酸欠で頭が回らないし、瞼も重くなってきた。このままでは、本当に死んでしまう。でも、だからといって僕一人と、世界を天秤にかけたとき、僕を選ばないでほしい。
そんな願いを胸にアルフレートを見たが、彼は何かを決意したようにパッと持っていた剣を手放した。それだけで、何を決めたのかわかってしまい、僕はも手足をばらばらに動かして必死にダメだと必死に伝える。だが、もう決めてしまった彼にそんなこと通用しなかった。
「テオ」
と、名前を呼ぶ彼が、別れみたいな顔をするものだから僕の心臓は貫かれたように冷たく動かなくなる。
ガイツはニィッと口元を歪ませ、腹を抱えて笑っていた。はじめから、アルフレートが僕を選ぶことを知っていたように。もしかしたら、アヴァリスの身体に潜伏していた時、僕たちの仲がどこまでのものなのか確認していたかもしれないと。それで、絶対的な状況を作って、自分に体を明け渡すシチュエーションを作ったと。
どこまでも狡猾で、嫌らしい。
「アハハハハハハハ! 最高っすね。勇者が、勇者の癖に、勇者様の癖に! たった一人のために、その体を明け渡しちゃっていいんですかあ!? これから、世界がどうなるって、ねえ、わかってるでしょうに! アハハハハハハハ、アハハハハハハハ! でも、テメェ様は選んだんだもんな。何億の命と、一人を。バカ勇者が過ぎる」
ガイツはそういったかと思うと、カクンと体を動かした。まるで、糸が切れた操り人形のように、そして、一言「ご褒美上げちゃいますよ」と言って、倒れた。アヴァリスの身体は、その場に横たわり、動かなくなる。代わりに、アルフレートの身体が大きく動いた。
僕の身体にまとわりついていた水の魔法は霧散し、そのまま地面に叩きつけられる。かはっ、と酸素を求めて肺が動く。痛みを伴った、呼吸に体をひっかきつつ、僕はアルフレートのほうを見た。本当に、ガイツに体を乗っ取られてしまったというのだろうか。
「あ……る?」
「テオ」
そう、僕の名前を呼んで、彼は近づいてくる。
ゆっくりと。彼が本物のアルフレートかどうかもうわからなかった。本物であってほしいとおいう感情とともに、すでに、ガイツの支配下にあるのではないかという不安もぬぐい切れない。体が逃げ腰になり、でも、動かなくて。
目の前まで来たアルフレートは、僕の前でしゃがみ込むと、いつもの笑顔を向ける。ホッとしたのもつかの間、彼の手が僕の首へかけられる。
「な~に、ほっとしてるんですか。もう、この身体は、僕様のものになったっていうのに。ハハハハッ! アハハハハッ! 期待が、希望が、踏みにじられて絶望の表情に変わるの、最高に悦ですね」
「……アル、アル…………返事して」
「ああ?」
体も、声もアルフレートなのに、その口から飛び出すのは下品で、人の心もないガイツの言葉。
それでも、大好きな顔で、大好きな人だから頭がおかしくなる。どうしようもないもどかしさが身体を駆け巡る。もう、アルフレートは消えてしまったのかと、そんな絶望も目に浮かんだ。
彼が笑う。笑ったかと思えば、僕の首を絞め始める。その行動に僕はうろたえて「なんで」と繰り返すことしかできない。
「あ~あ、もうこの身体は僕様のものなんすよ? だから……ね?」
「や……めっ……」
「ああ、でも、ご褒美あげちゃうっていっちゃったんですよねえ。それくらいは、律儀に守りますよ。んで、んでんでんでんでんでんでんで! 勇者様の、『強欲』に押しつぶされて、絶望したうえで死ねよ。聖女気取りが」
「……え」
パッと手を離した瞬間、また僕は地面に頭を強打する。痛い、と頭を押さえていれば、再度僕の名前を呼ぶ彼の声に目だけが動いた。
「アル、アルなの……ねえ。ガイツ、じゃないよね、アル」
「……テオ」
ラピスラズリの瞳には光がなかった。うつろに僕を見下ろして、顎を掴んだかと思うと、噛みつくようにキスをした。いきなりのことで、驚いて、押しのけようとするが敵わず、舌を絡まされた。
アルフレートはこんな強引なことをしない。僕が嫌がればやめてくれる。それが今はまるで違う人のようで。僕の知っているアルフレートじゃないみたいで。キスを解かれると彼は小さく笑う。
「テオ、ずっとこうしたかった」
「アル、なん、で?」
僕を押し倒し、恍惚とした笑みで見下ろした彼は、これまた強引に僕の服にてをかける。「やめて」と、抵抗しても彼はまるで聞こえていないかのように、僕の身体を暴いていくのだ。
「アル……や、だ。やだ! こんなの!」
届いていない。アルフレートは引きちぎった僕のベルトを投げ捨てて、下着に手をかける。そして、恐怖で萎え切った僕の性器に頬ずりをした。
今までの行為の中で一番ショックだったかもしれない。これは夢だといいたいのに、与えられる感覚がリアルすぎて、夢ではないと叩きつけられ、さらに絶望する。今まで我慢していたのにボロボロと涙がこぼれ落ちた。
ガイツが体を乗っ取ったとしても、心まで乗っ取られたわけじゃないだろうと思っていたのが甘かったのかもしれない。
アルフレートは僕なんかよりもっとずっと強いから、きっと大丈夫だって勝手に思っていたんだ。
ううん、これはアルフレートが抑えていた欲求だ。
(アルは、ずっと、僕に乱暴したかったの……?)
それも違うのかもしれない。ガイツによって誇張されたアルフレートの欲望。『強欲』によって、制御を失った、アルフレートの欲が僕を塗りつくしていく。
僕が彼と再会した時、彼を拒んでしまった。彼とつながれることも、求められることも嬉しかったけど、それ以上に怖くて。それから、アルフレートは我慢するように、二日に一回、挿入なしの性行為に同意した。自身の内なる熱も欲望も、すべて押さえつけて、僕に優しく接してくれていた。でも、アルフレートにだって性欲はあったわけで、僕を無茶苦茶にしたいとか、深層部では思っていたのだろう。
それが汚いとか、怖いとか言わない。
僕が彼を押さえつけていた。それだけじゃない……きっと、勇者であるという枷も、彼が人に乱暴できない、自分の欲求は二の次だと制限していたのだろう。
息荒く、僕の身体に痕をつけていくアルフレート。力で勝てるわけもなく、僕はされるがままになっていた。これが、アルフレートのしたいことであるのなら、拒むことはまた拒絶することなんじゃないだろうか。
「テオ……」
「ア……ル?」
「一人にしないで、受け入れて。俺のこと、見て、見て、見て。俺だけを、俺のこといっぱい甘やかして、愛してよ。拒まないで、お願い、一人にしないで、テオ」
「……っ」
している行為は最悪そのものなのに、ぽろぽろと僕の身体に落とす大粒の涙は彼の弱さで、本当の心だ。
彼の中にガイツが入っているのはわかっている。そして、リミッターが解除された感情をそのままぶつけているの分かっている。だからこそ、今こぼれた言葉は彼の本音だ。
「もう、嫌だよ。勇者であることも、テオとつながれないことも、テオのこともっと愛したいのに、それを同じくらい返してもらいたくて。好きで、好きすぎて、テオを壊したくて」
「アル……っ、アル」
「ごめん、テオ。愛して」
こんな俺を――
そう口にしたアルフレートを見て、僕はいてもたってもいられず抱きしめた。ドクンドクンと心臓が脈打っている。ガイツに乗っ取られた体は本来であればどうなるのだろうか。魂を食われて、皮だけ人間の体裁を取り繕うのだろうか。わからない。でも、まだこの心臓が生きているのであれば、アルフレートの心臓であるとするなら、それは少しの希望で幸福だ。
僕は、ぎゅっと彼の背中に手を回して抱きしめる。
本当は怖いし、それをすべて受け入れる覚悟なんてきっと一瞬ではできない。でも、今だ暗闇を道しるべなしで迷子になっている彼を見捨てることなんてできなかった。あの日突き放してしまったこと、もっと前から、あの村から旅立ったあの日に僕が彼をどこかに連れ去ってしまえたなら、変わっていたかもしれない。
それらはすべて、だったらよかったという過去形だけど。
「いいよ、アル。好きにして……もう、アルを一人になんてさせないから。愛してるよ、アル」
十一年もほったらかしにしてしまった幼馴染を、現恋人を。
十一年の間思わなかった日はなかったけれど、遠い存在だと彼を自分の中から切り離してしまった後悔を。手繰り寄せて、引き寄せて。
ようやく、互いに見つめ合った気がした。こんな形だったけど、しかたがない。
僕は、アルフレートに優しく口づけをする。自分の目からも涙がこぼれていたが、拭う余裕なんてなかった。
「アル、大好き」
「――ッ!!」
グッ、と目の前にいた彼が強く唇を噛んだ。そして、酷く後悔したような顔をした後、その瞳を開く。ラピスラズリの瞳は今までに見たことないくらい輝きを放ち、その瞳から、また一筋涙が流れ落ちた。
「――テオ……ありがとう、俺も大好きだよ。起こしてくれて、愛してくれて――これ以上傷つけたりはしないから」
そういったかと思うと、また異空間から取り出した小さなナイフで自分の手のひらを突き刺した。飛び散った血痕は、僕の周りに付着する。痛みに顔を歪めつつも、アルフレートは立ち上がって、叫んだ。その叫びは、中にいるガイツにも響いたようで、ガイツとアルフレートの声が反響しあい、その場を震わせたのだ。
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