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ロビーにあるラウンジカフェでは、神楽坂グループオリジナルの〝至高のK〟と呼ばれる超高級スイーツを提供している。
高価なフルーツをふんだんに用いたケーキは、一切れだけで三千円前後する。
事前に調べた情報だけでもワクワクしたし、ぜひこのホテルで働けたらと思った。
(……そろそろ時間だ。面接会場に行こう)
腕時計を確認して立ちあがった私は、エレベーターに乗って上階に向かった。
指定されたフロアに着くと、会議用の小ホールの前に『エデンズ・ホテル東京面接会場』という看板が立っていた。
その前には受付テーブルがあり、女性が座っている。
「本日十一時から面接を予定しております、三峯芳乃と申します」
「お待ちしておりました」
受付を済ませたあとは面接会場前の椅子に座り、スマホを開いてもう一度神楽坂グループの理念などを確認した。
やがて私の前に面接を受けていた人が退室し、ほどなくして名前が呼ばれる。
「失礼いたします」
入室した私は自己紹介をし、着席を促されてパイプ椅子に腰かける。
そのあと本格的な面接が始まった。
面接官は四人いて、真ん中に二十代半ばの男性と五十代の男性、両脇には三十代の男性と四十代の女性がいた。
真ん中の男性はネットでも確認した、神楽坂グループの御曹司で副社長の暁人さんに違いない。
彼はとても美形で、面接中なのについ見とれてしまいそうになる。
キリリとした眉に二重の幅が広い大きな目。白目は少し青みがかって見えるほどで、黒目が引き立って目力がある。
通った鼻筋の下にある唇は、少し薄めで潔癖そうだ。
ビジネスマン風にカットされた髪は整髪料でセットされ、シルエットのいい濃紺のスリーピーススーツはオーダーメイドに違いない。
五十代の男性はきっと支配人で、残る二人も何かしらの責任者だろう。
緊張した私は背筋を伸ばし、まっすぐに面接官たちを見た。
「三峯さんは素晴らしい経歴をお持ちですね」
物腰柔らかに微笑んだ副社長は、私の母校の名前を出し「私もその大学出身なんです」と言った。
「本当ですか? 偶然ですね」
共通点が分かって少し緊張の取れた私は、副社長に求められて母校の思い出を語った。
やがて話題は卒業後に勤務したホテル、そしてゴールデン・ターナーに及ぶ。
「なぜここまでのキャリアを持ちながら、帰国されたのですか?」
そう尋ねられるのは想定済みで、私は動じずに答える。
「NYでも修行しましたが、私の根幹には子供時代に宿泊した、箱根の温泉ホテル〝海の詩〟の細やかなサービスに感銘を受けました。NYで華やかな世界に身を置いたのは良い経験となりましたが、『本当に自分がしたい事はなんだろう?』と考えると、やはり素晴らしいおもてなしのある、日本のホテルで働きたいと思ったのです」
答えを聞いた副社長は微笑んで私を見つめ、しばし時間が経つにつれ、私は「何か変な事を言ったかな?」と不安になる。
(もし面接に落ちたら……)
不安になった瞬間、ウィルに婚約破棄を言い渡されたショックや、父を喪った悲しみが襲ってきた。
二つの悲しみに見舞われたあと、私は軽いパニック発作に襲われるようになった。
――駄目! こんな所で発作を起こしてる場合じゃない!
(面接だけは絶対に乗り切るんだ!)
私は膝の上で拳を握り、ブルブル震わせる。
押し寄せるのは二億の負債と、自分たち家族の閉ざされた未来。
――母は倒れてしまわないだろうか。
――弟は彼女とちゃんと結婚できるだろうか。
凄まじい恐怖と不安が襲いかかり、私は顔を真っ青にして冷や汗を浮かべていた。
「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
副社長に尋ねられた私は、ハッとして震える手を片手で包み、笑みを浮かべる。
いまだ心臓はドッドッと早鐘を打っているけれど、面接を持ちこたえられたら十分だ。
すると副社長は私から視線を外し、手元の用紙にサラサラと何かを書く。
――何を書かれたんだろう。
――挙動不審だったから、何かマイナスな事でも書かれたんだろうか。
不安に駆られる中、さらに志望動機を尋ねられ、採用が決まった場合はどの部署で働きたいかを聞かれた。
最後に給与や勤務態勢などの条件を確認し、私からもいくつか質問をしたあと、面接が終わった。
コメント
1件
パニックによる発作が心配ですね…😢 芳乃ちゃん、受かると良いなぁ🙏🍀