テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「よし、今日はここまでにしとこっかな」
暗闇の中
自室のベッドに体を沈ませて仰向けの状態で
スマホを上に掲げるように左手で固定し
右手で画面をスワイプし、信者や相互から届いている
計37件の褒めリプ
それに単純作業の如く「ありがと」と送っていく
正直快感でしかない。
この通知の数が、俺の価値そのものみたいだ。
メイクをして《《制服》》をまとえば一気に様変わりする
現実のしょぼい俺じゃ、誰も見向きもしないのに、ここでは違う。
画面の中の俺は、こんなにも求められてる。
指先から、じわじわと承認欲求が満たされていくのがわかる。
もう、止められない。
(もっと、もっと、俺を見て…っ)
ある程度リプに返信し終わったあと、自分のプロフィールに移動して
メディア欄から今までの自分の自撮り写真を見返していく。
その数ざっと1000枚以上、どれも完璧に可愛い。
もはや可愛いというか美と言った方がいいかもしれない。
特にお気に入りの数枚を3枚ピックアップして並べ
「やっぱりこれと、これと……これかな」
大の字に寝転んだ状態で交互に見比べる。
やはりどの姿も完璧に可愛い。
どこぞのアイドルより可愛いだろこれ
まあ当然、メイクに1時間もかけてるんだから
可愛くないとおかしいってもんか
なんて考えながらスマホの画面を切って頭上に置き直し、目を閉じ眠りについた。
翌朝
6時半ごろ起床し、眠たい目を擦り、ベッドから降りてリビングへ向かう
すると既に起きていた母は朝から父の弁当を作っていて
リビングに入ってきた俺にちらりと目を向けただけで、すぐに手元の作業に戻した。
その目は感情が読み取れず、ただ淡々とフライパンの上の卵焼きを見つめているだけだ。
「…おはよう」
小さく声をかけるも、返事はない。
シンクの水音と、調理の音だけが静かに響く。
まるで俺がそこにいないかのように。
数秒の沈黙の後、母はため息をついた。
そして、こちらを見ずに言った。
「いつまでそんな顔してるの。朝から縁起でもない。シャキッとしなさい。」
その声には、労りも心配もなく、ただ呆れと非難だけが込められている。
朝から聞くその声に
昨夜満たされたはずの承認欲求がまるで砂が崩れるように乾いていくのを感じた。
母は再び無言で弁当作りに戻る。
俺のために用意された朝食はない。
いつもそうだ。
今日はパンでも食べようかと思ったが、トーストを使っていると横のオーブンを使っている母の邪魔になりかねない
それで「朝から邪魔しないで」と言われるんだ
常套句だろう。
それを避け、俺は適当に冷蔵庫から3つ入りのヨーグルトをひとつ取り出し、食器棚からスプーンを取って
座ることもなくパクパクと口に入れた。
1分もせずに食べ終わって、歯磨きを済ませて、壁の時計を見上げるしかなかった。
かつて、まだ小さかった頃の俺は、母にもっと甘えたかった。
話を聞いてほしかった。
でも、母の目にはいつも疲労と、そして俺への無関心しか映らなかった。
何かを話しても、上の空で「はいはい」と流されるか、あるいはすぐに「うるさい」「だからなに」と突き放された。
俺の頑張りも、喜びも、悲しみも、何もかもが母にとっては価値のないものだったらしい。
だから、俺は母に何かを求めるのをやめた。
期待するのをやめた。
スマホの中の俺は、誰かにとって「価値」がある。
可愛いと言われ、求められる。
でも、現実の、この家にいる俺はただ邪魔な存在でしかない。
朝から母の不機嫌な声を聞き、自分の居場所のなさを思い知らされる。
リビングの重苦しい空気に耐えきれず、俺は静かにその場を離れ、支度をするべく再び自室へ向かった。
ベッドの上に置いたままのスマホが目に入る。
不特定多数、5.2万人に閲覧され3740人分のいいね、多くのコメント
その数字が、まるで昨夜の幻だったかのように遠く感じられた。
現実の俺は、あの画面の中の輝きとはあまりにもかけ離れている。
分かっている。分かっているけれど、それでも
スマホを手に取り、通知画面を開く。
『𝓡𝓲𝓷さんから新しいコメントがあります』
『みーさんがあなたの投稿に「いいね」しました』
『Reiさんがあなたの投稿に「いいね」しました』
『Reiさんがあなたの投稿を「リツイート」しました』
指先が画面をタップする。吸い寄せられるように、俺は再びSNSの世界へと沈んでいった。
ここだけが
俺が「俺」でいられる場所なのだから。
『Rei @sora___luv
ソラさん、今日もビジュ良すぎました♡』
(あっ、またReiさんからDMだ…)
最近、ここ1週間か
俺が自撮りを投稿すると秒で反応しリプをくれるフォロワーがいるのだ。
それがReiさんというユーザー
俺が写真を投稿するたびに
彼は決まってすぐに反応してくれた。
「可愛い」とか「えっち」とかいう単純な褒め言葉もあれば
Reiさんのコメントはどこか冷静で
俺のメイクや服装
そして写真全体の雰囲気を的確に捉え、俺の自己表現を肯定してくれるような言葉を選んでくれた。