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かんな
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sora☁️🌺
46
瑞樹からの電話。
指先が震え、画面の上で止まる。出なければならない。そう思うのに、今さら声を聞くのが怖かった。
それでも、震え続けるスマートフォンを放っておくことはできなかった。
「……もしもし」
掠れた声が、暗い部屋に落ちる。
「柊吾さん?」
耳元へ届いた瑞樹の声は、いつもと変わらず穏やかだった。けれど、その奥に隠しきれない緊張が滲んでいる。
「はい」
「どうしましたか」
「……何が、ですか」
「柊吾さんから連絡があるなんて、ただ事ではないと思って」
柊吾は唇を噛んだ。
何でもないと答えればいい。いつものように、少し疲れただけだと笑えばいい。
けれど、声を聞いた瞬間、張りつめていたものが崩れそうになった。
「……母さんが」
そこまで言うと、喉が詰まった。
「お母様が、どうしましたか」
「僕のことを……分からなくなりました」
言葉にした途端、現実が輪郭を持った。
「一瞬だけです。すぐに思い出してくれたんですけど……でも、僕を見て、どちらさまって」
電話の向こうで、瑞樹が息を呑む気配がした。
「……そうですか」
すぐに大丈夫だと言わない。そのことが、かえってありがたかった。
「僕、ずっと分かっていたつもりだったんです。いつか、母さんが僕のことを忘れるかもしれないって。でも、まだ先のことだと思っていた。今日じゃないと思っていたんです」
「はい」
「なのに、もう始まっていた」
声が震える。
「僕は朝倉奏でもないし、母さんの中の柊吾でもない。じゃあ、僕は誰なんですか?」
「柊吾さん」
「……怖いです」
こぼれた声は、子供のように弱かった。
「……母さんに忘れられたら、僕は本当に一人になる。なのに、黒瀬さんにも……僕が朝倉奏だから近づいたんじゃないかって、疑ってしまって」
言葉にした途端、胸の奥が締めつけられた。
「……すみません。今の、忘れてください」
「忘れません」
即座に返ってきた声に、柊吾は息を止める。
「柊吾さんが思っている事、何でも言ってください……。何を言われたって全部受け止める覚悟は出来てます。それに……俺も、全て隠さず話したいです」
「……黒瀬さん」
「柊吾さん。今、ひとりですか?」
「母さんは、寝室にいます」
「そうですか」
瑞樹が小さく息を吐く音が、耳元で聞こえた。
「なら、もう大丈夫です」
「え?」
「俺は、もう柊吾さんの部屋の前にいます」
その瞬間、玄関の向こうから、控えめなノックが響いた。
柊吾の心臓が、大きく跳ねる。
「……黒瀬さん?」
「はい。開けてください」
電話の向こうから聞こえる声と、扉の向こうから届く声が、ほとんど同時に重なった。
「でも、会うのを控えるって……」
「分かっています」
扉の向こうで、瑞樹が静かに答える。
「それでも、今の柊吾さんをひとりにはできません」
「……どうして」
「柊吾さんに、会いたいからです」
柊吾は、震える手をドアノブへ伸ばした。
「開けてください、柊吾さん」
優しい声だった。
けれど、その声には拒まれることを恐れているような、かすかな揺らぎがあった。
柊吾はドアノブを握りしめる。
怖い。何を聞かれるのか分からない。何を答えればいいのかも分からない。
それでも、今は瑞樹の顔を見たかった。
柊吾は、ゆっくりと鍵を回した。
コメント
1件
ああ、ここまで積み重ねてきた時間が、この一瞬に全部詰まってましたね…。柊吾さんが「僕は誰なんですか」って零すところ、声が聞こえてくるようでした。あの問いには、母の記憶の中の自分と、実際の自分の乖離に怯える哀しさが滲んでて。それに対して瑞樹さんが「忘れません」と即答したあと、もう部屋の前にいるって展開、本当に良かった。距離を置こうとしていた二人が、それでも「会いたい」で動く。その一言にどれだけの誠実さが詰まってるんだろう。ドアノブに手を伸ばした柊吾さんの、震えと決意が愛おしかったです。この先、どうなっていくのか…続きがすごく気になります。