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赤虎 鉄馬
136
翌日の夕方。
約束の時間より少し早く、俺は神社へ続く道の入口に立っていた。
自分でも分かっている。
早すぎる。
でも、落ち着かなかった。
昨日、依鈴と「夏祭りに行く」と約束した。
それだけなのに、今日のことばかり考えていた。
スマホを見る。
まだ約束の時間まで十分以上ある。
「……早く来すぎたな」
苦笑しながら顔を上げる。
そのとき――
「漣くん」
聞き慣れ始めた声がした。
振り返る。
「……依鈴」
言葉が出なかった。
いつもの白い服とは違う。
淡い色の浴衣に、束ねた黒髪。
髪には小さな髪飾りが一つだけついている。
「どう?」
「……」
「何か言ってよ」
「いや……」
俺は少しだけ視線を逸らした。
「似合ってる」
「そっか」
依鈴はそれだけ言って、少し笑った。
「ありがとう」
その笑顔に、俺の胸はまた大きく跳ねる。
「漣くんも、今日はちゃんとしてるね」
「一応、祭りだから」
「いつもよりちょっと格好いい」
「……それ、褒めてる?」
「褒めてるよ」
「ならよかった」
俺と依鈴は並んで歩き始めた。
神社へ近づくにつれて、人の声が大きくなっていく。
屋台から漂う焼きそばの匂い。
金魚すくい。
射的。
そして、遠くから聞こえる祭囃子。
「こういうの、久しぶり」
依鈴が辺りを見回す。
「夏祭り、好き?」
「うん」
「意外」
「なんで?」
「人が多いところ嫌いかと思ってた」
「嫌いだよ」
「じゃあ来なきゃよかったじゃん」
「でも、漣くんとならいいかなって」
「……」
不意打ちだった。
依鈴は何でもない顔で歩いている。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
俺は顔が熱くなるのを感じて、前を向いた。
屋台をいくつか見て回ったあと、依鈴が立ち止まった。
「これやりたい」
指差したのは、金魚すくいだった。
「やったことある?」
「ない」
「じゃあ、俺が教える」
「取れなかったら?」
「俺が取ってあげる」
「頼もしい」
依鈴は笑った。
結局、依鈴は一匹も取れなかった。
「……難しい」
「だから言っただろ」
「漣くんは?」
「俺は昔よくやってたから」
俺は一匹すくい上げる。
「ほら」
「すごい」
「持って帰る?」
「うん」
依鈴は水槽の中を泳ぐ金魚を眺めながら、嬉しそうに笑った。
その顔を見ていると、俺まで嬉しくなった。
やがて、空に一発目の花火が上がった。
大きな音が夜空に響く。
「……綺麗」
依鈴が空を見上げる。
俺も隣に並んだ。
色とりどりの光が夜空に咲いては消えていく。
その光に照らされる依鈴の横顔が、昨日までよりずっと近くに感じられた。
「ああ、綺麗だ」
思わず、声に出していた。
夜空に咲いた花火は、一瞬だけ昼間のように辺りを照らして、すぐに消えていく。
その光が消えるたび、隣にいる依鈴の横顔も暗闇に溶けていった。
俺は、そんな依鈴を見つめていた。
今日がずっと続けばいい。
そんなことを考えてしまう。
「……依鈴」
「なに?」
依鈴は空を見上げたまま答えた。
「来年も、ここにいる?」
花火の音が響く。
依鈴はすぐには答えなかった。
しばらく夜空を見つめて、それから俺の方を向く。
そして、少しだけ笑った。
「……どうかな」
依鈴はまた空を見上げた。
「私、夏しかここに来ないから」
「そっか……」
それ以上、何も言えなかった。
次の花火が上がる。
大きな音とともに、夜空いっぱいに光が広がった。
その光に照らされた依鈴は、ひどく綺麗だった。
そして、ひどく儚かった。
花火が散る。
光の粒が一つ、また一つと夜空から消えていく。
俺は依鈴の横顔を、ただ見つめていた。
来年も会えるかもしれない。
そう思いたかった。
けれど、胸の奥には小さな不安が残った。
花火が最後の光を散らす。
祭りの喧騒が少しずつ遠くなっていく。
「じゃあ、またね。漣くん」
「うん。また……」
そう答えたはずだった。
けれど――
次の日から、依鈴は俺の前に現れなかった。
神社にも。
図書館にも。
あの日、一緒に歩いた町のどこにも。
何度探しても、彼女の姿はなかった。
連絡先も知らない。
どこに住んでいるのかも知らない。
俺が知っているのは、彼女の名前と、あの夏に一緒に過ごした時間だけ。
まるで、あの夜の花火のように。
俺の目の前で咲いて、 そして儚く散ってしまった。
依鈴は、僕の前から消えた。
コメント
1件
うわあああ〜〜!!!😭💕💕 浴衣の依鈴ちゃん、似合ってるって言う漣くんの照れ方が青春すぎるでしょ!!金魚すくいで「俺が取ってあげる」って言うのズルいよ、その頼もしさ!!花火の横顔もエモすぎてヤバい…✨ でも最後の「来年もここにいる?」→「どうかな」の返しが切ない…😢💔 夏限定の関係って感じがして、もう胸がギュッてなったよ…「依鈴は僕の前から消えた」って一文で一気に切なさ倍増だよ…😭💦 続きが気になりすぎる!!秋さん、このドキドキと切なさのバランス、天才的すぎます!!次の話も楽しみにしてるね🌸✨