昨日の朝はセドリック様の「不意打ち額キス」に動揺して固まってしまい、微熱ぐらいだったのに再び熱が急上昇。仕事を休むことになってしまった。
でも、仕事と同時進行で始まった婚約や結婚の疲れが相当溜まっていたのか、結局は朝から夕方までずっと眠ったままだったのでお休みを貰って正解だった。
わたしの無謀な出勤を身を挺して制止してくださったセドリック様にこれまた感謝です!
今朝の朝食もスープしか口に出来なかったわたしだけど、「なにがなんでも絶対に今日は出勤します!」と言い張るわたしに心配顔のセドリック様が折れた形で出勤で押し切った。
山のように書類が積み上がっているだろう職場の机を早く片付けたくて、いつもより早めに屋敷を出た。
セドリック様はいつも通りの時間に出発すれば良いのに、わたしに合わせて一緒の時間に出るんだと言ってきかなくて、こちらはこちらで押し切られた。
「シェリー、本当に儀典室まで送らなくても大丈夫なのか?」
儀典室まで送ると何度も何度もセドリック様は申し出てくださったんだけど、さすがに子どもじゃないのでそれは恥ずかしい。
「大丈夫ですよ。結婚する前はひとりで出勤するのが普通だったんですから、今日も大丈夫です。でも残業はなるべくしないようにします」
結婚するまでは、ずっとひとりで何事も対処してきただけに、こんなに優しくされるとセドリック様を頼ってもいいかも知れないという自分の甘えが出てきてしまいそうだ。
「そうだ、セドリック様。わたしがこうして出勤出来るのもセドリック様の手厚い看護のおかげです。心からお礼申し上げます」
屋敷でもお礼を言ったけど、こうして改めて元気に通勤できる喜びを味わうと、思わずセドリック様の大きな優しい右手をぎゅっと手に取って両手に挟み、また感謝を口にしてしまった。
今回のことでわたしはセドリック様の手がとっても大好きになった。
「うん。シェリーが元気になって良かった」
セドリック様がメガネをクイッとされた。
「……手を繋いで出勤したいんだけど」
小さな声でセドリック様が呟く。
びっくりして思わず手を放すが次はセドリック様に手を取られて、有無を言わさずに手を繋がれてしまった。
手を繋ぐって、まるで連行されているようなんだけど、こういうものなの?
「おはようございます」
儀典室では室長とプジョル様がすでに出勤されていた。
「昨日は突然お休みをいただき、ありがとうございました」
室長とプジョル様に頭を下げる。
「事情は財務課のセドリック・アトレイ殿から聞いた。大変だったな」
と室長が声を掛けてくださり、室長が眉尻を下げた。
プジョル様と目が合う。
「プジョル様は大丈夫でしたか?」
「私は別の料理を注文していたし大丈夫だったよ。まあ、私はそんなことでは倒れないぐらいの訓練はしているよ」
「えっ?ええっ?」
そうだ。プジョル様はご実家が公爵家だから毒に対して訓練されているんだ。
プジョル様をもう一度見ると余裕そうに笑われた。
机の上に山となって置かれていた書類を仕分けしているとプジョル様に肩を叩かれて、廊下へと合図された。
プジョル様に続いて慌てて廊下に出ると、プジョル様は無言で中庭の方に歩かれて行くので、それに黙ってついて行く。
整備はされているが木々が生い茂る中庭は人目につきにくいので、内緒の話をしたい時などにはちょうど良いところだ。
「シェリー嬢、心配したんだぞ。本当にもう大丈夫なのか?」
「ご心配をお掛けしました。プジョル様は大丈夫そうで良かったです」
笑って答えると、プジョル様はホッとしたようだった。
「アトレイ殿からシェリー嬢の症状を聞いて心配していたんだ。食あたりは特効薬がないから辛いな。これからは食い意地を張るのも考えないといけないな」
「もう!いつも食い意地を張ってませんよ!」
いつもの女友達のような遠慮のないやり取りが始まり、ふたりでゲラゲラ笑う。
その時、中庭の木の陰から人が出てきた。
「楽しそうだな」
声を掛けてきた人物を見て、ギョッとしながらも頭を下げる。
皇太子殿下だった。王城の中とはいえ、おひとりのようだった。
「アーサーが女性と笑っているとは珍しい光景だな」
プジョル様の名を親しげに皇太子殿下が呼んでいることに少し驚くがこのふたりは従兄弟同士だったとすぐに思い出した。
「私がいつも女性に対して、冷たいと聞こえるんですが」
「自覚あるんだ。アーサーは女性と喋って笑っていても、目が笑ってないからね」
皇太子殿下が自分の目を差されて可笑しそうに笑いながら、わたしをチラリと見られた。
「儀典室のシェリー・クレスト嬢ですよ」
プジョル様が紹介してくださる。
「知ってる。「儀典室の多才」だろ。先日のアッサム殿下のパーティーの修羅場で顔を合わしたよな」
同意を求めるように見られたので「はい」とだけ返事をする。
あの時のことを覚えていらしたんだ。
「アーサーはなかなかの頑固者だけど、良い上司かな?」
「はい。いつもプジョル様には良くして頂いております」
皇太子殿下が嬉しそうに大きく頷いた。
「お邪魔したね。アーサーは例の話を考えておいてね」
そう言うと、ポンとプジョル様の肩を叩いて行ってしまった。
(例の話?)
プジョル様の方を見ると、少し気まずそうにされていたので、触れない方が良さそうだ。
「皇太子殿下が中庭におられるとは驚きましたね」
「殿下は毎朝、ここを通られるんだよ」
「よくご存知ですね」
「まあ、従兄弟だからな」
「おふたりは仲が良いんですね」
「幼い頃からずっと一緒だったんだよ。幼い頃から王城に日参だよ」
プジョル様が苦笑いをされた。
公爵家のご子息ともなれば、中流貴族には分からないご苦労がありそうだ。
「仕事に戻るか」
「そうですね」
結局、中庭にはなにをしに来たんだろう。
「そこにいるか?」
「はい。殿下」
「アーサーと「儀典室の多才」を調べてくれ」
「承知しました」
どこからともなく皇太子殿下の背後に現れた者がひとつ返事で再び消えた。
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