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「シェリー、手っ」
「は、はい!」
セドリック様が大きな左手を差し出されるので、わたしも慌てて右手を出すと、ぎゅっと大きな手でわたしの手が包まれて、がっちり手を繋がれる。
セドリック様の横顔をチラリと横目で見れば、なぜかセドリック様は満足気だ。
食あたりから完全復活して数日後が経った。
すっかり体力も戻り、いつものように仕事と屋敷の往復の毎日だ。
最近、セドリック様と「一緒に仕事から帰る」という標準装備に加えて、オプションで「手をつないで帰る」が追加された。
朝の通勤は太陽が燦々としていて明るいので、さすがにお互いに手をつないでいるのを見られるのは気恥ずかしい。
でも、夜は暗く人目もあまりないので、手をつなぐ羞恥心も少しは薄まり、このようなことになったのだ。
わたしは今回の食あたりでセドリック様に介抱して頂いてから、セドリック様の優しくて大きな手がとても大好きになった。
だから、手をつないで帰るのは最初は慣れないし恥ずかしいで手に変な汗をかいていたけど、いまはその優しい手が心地よくて大好きだ。
「今日はなんかあったのか?」
今日あった仕事のことをいろいろと思い出し考えながら歩いていると、不審に思ったセドリック様から聞かれた。
「顔に出ていましたか?」
「いつもより難しい顔をしている」
そう言われて、思わず顔を触る。
「実は先日、儀典室に新しい依頼が皇太子殿下執務室よりあったのですが、困ったことに初めて来訪される国のレセプションなんです」
「聞いても良い?どこの国なんだ?」
「いずれ財務課に予算書を提出しますので、大丈夫です。ミクパ国ですがなにかご存知ですか?」
国の名前を聞いたセドリック様がメガネの奥で少しだけ目を見開いた。
「それは大変なことになったな。あの雪深い山岳地帯にある独特の国だよな」
ミクパ国はわたし達の国よりも北の方にある山脈と広大な高原のある内陸国で、主な交易は家畜や乳製品の畜産物と毛織物だ。
「音楽は宮廷楽団の方で検討してくださるんですが、困ったことに調理部が難色を示していまして、その理由というのが誰もミクパ国の料理を知らないんですよ」
黙って聞いていたセドリック様も全くミクパ国の料理に心当たりがないのか、メガネをクイとしたまま、固まっている。
「王城の調理部の者が全く知らないなんてそんなことあるのか?」
「そんなことが現実にあるんですよ」
わたしも横で大きくため息を吐いた。
「シェリーはなにか知らないのか?」
「たぶんですけど、学園の図書室でミクパ国の料理の本を見たことがある気がするんですが自信がなくて」
シェリーがそう言った時、ふと学園の頃から愛でいたシェリーの姿が俺の目に浮かんだ。
綺麗な長い金髪を緩やかに編み込んだ彼女が図書室で絵の多い本ばかりを楽しそうに眺めていた光景を思い出した。
「シェリー、一緒に学園の図書室に行ってみないか?その本があるかも知れない」
俺は確信めいたものがある。
ずっとシェリーを見てきたから、なんとなくわかるんだ。
「えっ?どうして、セドリック様はわかるのですか?」
突然のことにシェリーは困惑気味だけど、今日はまだシェリーには内緒にしておこう。
俺があの頃からずっとシェリーを見ていただなんて。
それに思い出の図書室にシェリーと行ってみたい。
わたしの問いかけにセドリック様は意味深な微笑みを返されて、答えを上手く躱されてしまった。
翌日、学園に連絡を取り、探している本があり、学園の図書室に卒業生ふたりで行きたいと伝えると、すぐに訪問の許可が下りた。
久しぶりに訪れた学園はなにも変わっていなかった。
わたしとセドリック様は、午前中は働き、昼からの半日だけ仕事をお休みして、学園の放課後に合わせて訪問をさせて頂いた。
「君たちの学年の万年1番2番のふたりが揃って一緒に来るとは思わなかったよ」
うれしそうに笑いながら、当時の学年主任だった先生が図書室に案内をしてくれる。
「王城での仕事は忙しいか?」
「「はい」」
わたしとセドリック様の声が偶然にも重なる。
思わず、ふたりで顔を見合わせた。
「ふたりとも変わってないね。君たちは学生の頃は勉学が、いまは仕事一筋なんだろうね」
先生だけが知るわたし達それぞれのエピソードを思い出したらしく、当時の話をしながら図書室に向かう。
「では、ゆっくりしていくと良いよ」
久しぶりに訪れた図書室はあの時と変わらない独特の本の匂いに包まれてる空間で、記憶どおりのままだった。
司書の先生がわたし達を見ると、懐かしさからか興奮気味で、セドリック様がわたしと結婚したことをお伝えしたらますます盛り上がられ、そのあとはセドリック様とふたりでコソコソと話されていた。
わたしはそんなふたりを置いておいて、地図や歴史書の棚にひとりで向かう。
当時と本の並びも変わっておらず、本を探す指が喜んでいる。
これもこれも読んだ。
これっ!!!
本を取ろうとして、誰かの指が重なる。
「セドリック様!」
司書の先生と話し終えて、わたしを探しに来られたようだ。