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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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一花の胸を、鈍い痛みが貫いた。
「俊介とうまくいかなくなればいいって。水野につきまとわれて、嫌になって、家族が少しぎくしゃくすれば……」
奈緒は震える指を握り込む。
「もしかしたら、俊介が一花から離れるかもしれないって思った」
「それで……水野を煽ったの?」
「煽ったつもりなんて……」
「でも、水野が私に執着してることは知ってたんでしょ?」
奈緒は答えなかった。
「私が困ってるって話して、俊介とうまくいってないみたいに言って……水野が勝手に思い込んでるのも、否定しなかったんだよね?」
長い沈黙のあと、奈緒がかすかに頷いた。一花は目を閉じたくなったが、ここで目を逸らしてはいけないと思った。
「それで……家を、燃やせって言ったの?」
「言ってない!」
奈緒が弾かれたように顔を上げる。
「それだけは本当! 家を燃やせなんて言ってない!」
「でも、水野は火をつけた」
「そんなことするなんて思ってなかった!」
奈緒の声が大きくなる。
「私はただ、一花の家庭が少し壊れればいいって……俊介とうまくいかなくなれば、それで……」
「お母さんが死んだ」
奈緒の言葉が止まった。
一花はまっすぐ奈緒を見る。
「悠真も、まだ目を覚ましてない。私もこんな身体になった」
「……分かってる」
「分かってたのに、黙ってたの?」
くしゃりと、奈緒の顔が歪む。
「火事のあと、水野が捕まったのを見たよね」
「……うん」
「その時、自分が関係してるかもしれないって思わなかった?」
奈緒は俯いたまま動かなかった。
「奈緒」
「……思った」
消え入りそうな声だった。
「じゃあ、どうして言わなかったの?」
しばらくの沈黙のあと、奈緒の唇が震えた。
「……怖かった」
「怖かった?」
「私まで捕まるかもしれないって思った」
一花は奈緒を見つめる。
「お母さんが死んでも?」
奈緒の肩が揺れた。
「悠真があんな目に遭っても?」
「私だって怖かったの!」
奈緒が顔を上げる。
「私まで捕まりたくなかった!」
一花は息を呑んだ。
次の瞬間、胃の奥から一気に何かがせり上がってきた。
「……っ、う……」
反射的に口元を押さえる。喉がひくりと痙攣し、そのまま何度か小さくえづいた。
「桜井さん」
神崎がすぐに一花の肩を支える。
ここ数日、まともな食事はとれていない。吐くものは何も出なかった。それでも胃の奥には吐き気が居座ったままで、膝から力が抜けていく。
一花はその場にしゃがみ込むようにして俯いた。
母が死んだ。悠真はいまだ目を覚まさない。自分の身体には、消えるかも分からない傷が残っている。
そのすべてを知りながら、奈緒は黙っていた。
自分が捕まりたくなかったから。
親友だと思っていた人の口から聞くには、あまりにも残酷だった。
「大丈夫です。ゆっくり息を吐いて」
神崎の声に促され、一花は何度か浅い呼吸を繰り返した。
すぐには顔を上げられない。
許せる、許せないの問題ではない。
奈緒がどこまでの結果を望んでいたのかも、関係なかった。
奈緒が水野の妄想を煽り、自分の情報を渡した。その行動が火事につながった可能性もある。
取り返しのつかない事実として――存在するだけだった。
「……一花が不幸になってほしかった」
奈緒の声が、静かに落ちてくる。
「ずっと、そう思ってた」
一花は俯いたまま、指先を強く握った。
「でも……死んでほしかったわけじゃない」
奈緒は再び両手で顔を覆う。
「こんなことになるなんて、本当に思ってなかったの……」
その声は途中から嗚咽に変わった。
肩を震わせ、何度も息を詰まらせながら、奈緒はその場にうずくまる。
夕暮れの風が、三人の間を静かに通り抜けていった。
一花はしばらく動けなかった。
やがて神崎に支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。
奈緒の姿を視界に入れただけで、再び胃の奥に吐き気が込み上げた。
それでも、聞かなければならないことが残っている。
「……奈緒」
ようやく出た声は、息に紛れそうなほど掠れていた。
奈緒が恐る恐る顔を上げる。
「さっき……言ったよね」
一花は一度息を整えてから、言葉を繋いだ。
「水野と会う場所……自分で決める時もあったって」
奈緒の表情が強張る。
「水野と会う場所を決めてたの、奈緒だけじゃないの?」
「誰が決めてたの?」
奈緒はすぐには答えず、迷うように視線を落とした。
神崎も何も言わず、その答えを待っている。
やがて奈緒が、掠れた声を絞り出した。
「……私から、水野に近づこうとしたわけじゃない」
一花は眉を寄せる。
「どういう……こと?」
「——頼まれたの」
コメント
1件
**読了したよ!!🥺💦** 第31話、めちゃくちゃ重くて苦しくて、でも目が離せなかった……。奈緒の「自分が捕まりたくなかった」って本音が、一花の「お母さんが死んでも?」「悠真があんな目に遭っても?」って問いで全部剥がされていく感じ、読んでるこっちの胸も潰されそうだった😭💔 最後の「頼まれたの」でまた新たな伏線!? もう次が気になって仕方ないよ、続きも絶対読む!!🔥📖