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内大臣家の家令《しつじ》は、おもむろに、顔をしかめた。
今宵は、なぜ、こんなに方違《かたちが》えが、多いのだ。と、言いたげに、守孝の後ろに控える、常春《つねはる》と、背負われている紗奈《さな》を見ている。
裸足、それも、泥汚でよごれた足では、まずいと、常春が、紗奈を背負い、屋敷の内へ入っているのだが、背負うのは、女、それも、市井の者らしき姿をしているのだから、傍目には、十分どころか、かなり、怪しい。
これは、私の連れ、の一言だけで、守孝は、常春と紗奈の同行を押し通し、方違えを頼むと、ずかずか乗り込んでいた。
前を行く、守孝《もりたか》には、やはり、中将という位、そして、大納言守近の弟ということからか、家令は、やたら、腰が低く、それでも、今宵は他にも方違えの公達が……と、言い渋り、なにか、来訪に不快感を表していた。
「ああ、この者が調べ直した所、凶が、組み合わさる、珍しい夜なのだとか。どうりで、月明かりも弱々しいと思ったよ」
などと、家令が発している迷惑だと、言いたげな空気も無視しきりで、めちゃくちゃな事を守孝は、言った。
「あー、常春がいてよかった。兄上の吉凶日を調べているだけはある。しかし、家令殿、これでは、なんのために、暦があるのやら」
それぞれの吉凶日を記した、暦を、陰陽寮が発行するのが、世の習いなのだが、受け取った暦が、役に立たないのでは、たまらない。あやかしにでも、取り憑かれたら、どうする?
と、東の対屋《ついや》、客人用の房《へや》へ、案内される途中、中門廊を渡っている時も、守孝独りが喋っている。
兄、という言葉と、暦を調べるという言葉から、家令は、常春の身元をおおよそ理解したようで、心持ち、視線は柔らかくなったが、解せないのは、背負われている紗奈だと、守孝に渋々あいづちを打っている、家令の面持ちは、まだ、厳しい。
そして、一行が、歩んでいる間、廊下の片側から、女のひそひそ声が聞こえている。女房達の房《へや》なのだろうか。
複廊──、廊下の向こうには、細長い空間があり、几帳や屏風、衝立障子などで区切り、それぞれの房を作るのだが、大納言家も女房の、最も、今は、何者か怪しいが──、数は、多い為に廊下は長い。
が、さすが、その上を行く内大臣家。守近の屋敷より、さらに廊下は長く、つまり、部屋も多いということで、女房も、かなりの数、いるのだろう。
そして、女主達の住みか、北の対屋《ついや》ではなく、こちらでは、東に、女房達の房が、置かれているようだ。なんとなく、不自然ではあるが、屋敷の考えもあることで、内大臣家では、これ、が、都合良いのだろう。
「ああ、ずかずかと、男が、入って来ては、女房達も、気が散るか。どこでも良い。これ以上、騒がしくなる前に、はよう、座せる場所を用意してくれ」
守孝が、言った。
はい、そのように。と、家令は、従っている。
そして、お連れ様は……と、常春達を、じろりと見た。
「ああ、そうか、この女《おなご》のことか」
と、守孝は、あっけらかんと、更に、信じられない事を言った。
「ああ、これは、私の、北の方候補なのだよ。兄上の屋敷に身を寄せている、姫君でな。あちらの姫の、話し相手をしておるのだが、後添えに、どうだと、兄がうるさくて。まあ、私もまんざらではなく、何より、もう、私達は、なさぬ仲だからね、共にいるのが当然だろう?」
は?!
家令だけでなく、常春も、そして、紗奈も、固まった。
守孝の、言いたい事は、なんとなく分かるのだが、何か、おかしくないか。
そして、余りにも、明け透けな話しを、と、家令は、さらに渋い顔をした。