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と──。
「あわわわっ!そ、それでは、わ、わたくしは、広縁にでも移動いたしますっ!」
何故か、異常に慌てた声がして、ドタンと、人が転がる音がした。
立ち上がろうとしたが、足がもつれ、はたまた、衣の裾を踏みつけ、上手く立ち上がれず、転んでしまった。と、いったところか。
廊下にいる守孝達ですら、容易に想像できる、実に分かりやすい音だった。
「あれ、先客が、いらしたか。そうだった。牛車《くるま》が、止まっていた。何、そちら様が、お先、遠慮なさらず、それに、これも、何かの縁。房《ぼう》を共にいたしましょうぞ。家令《しつじ》殿も、その方が、楽であろうし、女房達も、そうであろうし」
守孝は、ここで良いぞと、言いながら、房《へや》へ、ずかずか入り込む。
そして、うん、紗奈、几帳があった方が休めるか?
などと、采配しつつ、最後は、食事と酒を家令に促して、誰に勧められた訳でもないのに、勝手に上座へ腰を下ろした。
呆然と立ち尽くす、常春《つねはる》を、守孝は手招き、家令へ世話になるぞと、一応は、一声かけて、場を離れさせた。
「こ、こ、これは、北の方様の御前で!!」
と、若い声が、やはり、慌てている。
房の、灯りに目が慣れた一同は、平伏している公達の姿を確かめた。
「あー、そう、固くならなくても良いぞ。同じ方違《かたちが》え仲間ではないか」
「め、めっそうも、ござりません!」
更に、若者は、小さくなっているところへ、屋敷の者は、几帳に。女房達は、食べ物を乗せた膳と、酒にと、守孝が、所望した物を、次々運んできた。
「おお、すまぬのお」
守孝は、手慣れた具合で、屋敷の者達へ労りの言葉をかけつつ、ほお、さすがは、内大臣様の御屋敷、もてなしも、大層なことだと、次々運ばれてくる、食べ物に目を凝らしていた。
一通り、運ばれて来ると、屋敷の者は下がり、さあ、皆、よばれようではないか、と、守孝一人、ご機嫌な様子で、膳に箸をつけようとした。
「あー、もう、守孝様!」
「いくら、方違えと、いう、理由でも、此方の御屋敷の事も、考えてさしあげなければ」
「……と、いうより、兄様?そもそも、方違え、じゃないでしょう?」
あー、そうだ、と、常春と紗奈は、守孝へ非難の視線を送った。
「あれまあ、二人とも、そう、細かな事は、気にせず。屋敷を飛び出して来たのだろう?腹は、減ってないのか?」
兄妹《きょうだい》へ、もてなしの膳を、食するように守孝は勧めた。
「はあ、まあ、そうですが」
「兄様、ここは、食した方が、こちら様へも、失礼にならないかと……」
「紗奈!口卑しいぞ!」
と、叱咤する常春の、腹の虫が、ぐうーと、大きく鳴いた。
「そらそら、常春や。無理をするな。紗奈を背負って、あやかし子犬を追って来たのだから、腹も減るだろう」
あーーー!
と、再び、声がした。
「わ、わたくし、やはり、外します!どうぞ、ご家族皆様で団欒を」
ん?
家族?
常春と紗奈は、顔を見合わせる。確かに、二人は、家族だが、堂々と、他人の屋敷で、上座に座る、ほお、この雉肉は、上手いと言いながら、酒を杯に注いでいる男とは、まるきりの他人。
どこをどう間違って、身内になってしまったのだろう。
兄妹が首を傾げている隙に、平伏し、小さくなっていた男は、進み出て、
「どうか、わたくしに、酌をさせてくださりませ、大納言様!」
と、守孝に酒を勧めた。