一瞬誰の声か分からなかった。
けど、私の知っている人だって、直感的に思って振返れば、そこには、目の前の紅蓮よりも少しくすんだ色の赤色が、こちらを睨み付けているのが見えた。追いかけてきたのか、尾行していたのか。まあ、それはどっちでもいいんだけど……
「ラヴィ」
「エトワールから離れろ。クソ兄貴」
珍しく、怒っているようで、いつもは兄さん呼びなのに、クソ兄貴って如何にも柄の悪い弟感を出して、ラヴァインは叫んだ。通行人はチラチラと私達を見るけれど、厄介事に巻き込まれたくないのか、無視をしている。もしかしたら、多少なりに防御魔法的なものをかけていて、目立ちにくくしているのかも知れないと思った。
(ラヴァインが何でここに?)
割って入る理由が分からなかった。尾行でも、なんでもいいけど(この兄弟に関してはそういうことされるのもうなれたし……慣れちゃいけないのかもだけど)、ラヴァインがここにいて、アルベドに対して敵意をむき出しに睨んでいたのが衝撃的だった。
だって、ラヴァインはアルベドの事が大好きで、尊敬していて、殺したいぐらいの愛を向けていたから。だから、彼が、アルベドよりも私の事を思って叫んでいる気づいて、驚いているのだ。
「ラヴィ、どうして、ここにいるの?」
「それは……あとから説明するし。てか、エトワールもどーせ気づいてるんでしょ。いう必要ないと思うけど」
「あっそ……」
聞きたいのはそれじゃなくて、何でそんなに怒っているのかっていうはなしなのだ。
確かに、アルベドが的だと仮定したら、的に迫られているピンチ! って言う風に見えるかもだけど、ラヴァインだって、アルベドが洗脳されているって信じたくないわけだし、そんな、私とアルベドは緊迫したような状況じゃ無かったように思うけれど。ラヴァインにはそう見えたのだろうか。
ラヴァインは、アルベドがこれ以上私に近づくようなら、と手のひらに魔力を集めているのが分かった。先ほどよりも、魔力を蓄積して。このまま、正面から打たれたらただじゃすまないと思った。私じゃなくて、アルベドだけど。彼らの風魔法は、刃だ。それくらい威力があって、早くて、鋭くて。実際当たったことはないけれど、目で見て、これはヤバい奴だってなるくらいのものだから。
それを、最愛の兄に向けている。ラヴァインは何を考えているのだろうかと。
「ラヴィ、落ち着いて、これはちがくて」
「巻き込みたくないのは、兄さんも一緒だろ。なのに、何でエトワールに近付くんだ」
「え……」
何を言っているか分からない。ふと、アルベドを見たら、彼の顔からはすっかり感情が抜け落ちていて、ラヴァインを見つめていた。彼が攻撃の態勢をとても動じることなく、ラヴァインを見つめている。いつでも避けられるっていう感じだったし、アルベドくらいになれば、これくらいの攻撃避けるのは造作でもないだろう。私は絶対無理だけど。
(そうじゃなくて、何この状況?)
レイ兄弟に挟まれている。挟まれては実際いないけど、何か修羅場になっているなあって言うのは分かった。空気が不味い。ここにいたくないって、身体がいっているのだ。
けれど、逃げられる雰囲気でもなくて、私は二人の出を伺った。そうして、先に口を開いたのはアルベドだった。
「誰かと思えば、ラヴァインか。んで?お前は、俺達のこと尾行して、何がしたいんだよ」
「兄さんが、エトワールに手を出そうとしていないか、見てただけじゃん。何、そんなムキになってんの?」
「ムキになってるのはお前だろ、愚弟」
このまま、喧嘩が始まりそうで、私はびくびくと震えるしかなかった。かといって、口を挟めるかといわれれば、ノーで。見守ることしか出来ない。でも、彼らが何に対して怒っているのか、気を立てているのか分からなかった。会話を聞く限り、私の事なんだろうけど、全く身に覚えがない。
前の私なら、攻略キャラに取り合いされてる~逆ハーレムじゃんやったーとか言ってそうだけど、そういっていられないのが現状。というか、この二人に挟まれるって、地獄じゃ無いかと思う。
暗殺者と、元敵と。
そんな二人に挟まれて、自分の命を心配しない自分は可笑しいと思った。二人に信頼を寄せているけれど、流れ弾が飛んでくるっていう可能性を考えたとき、気が気じゃない。まあ、街中で兄弟喧嘩なんて始めないだろうけど。一応、頭は良いし……それくらいは、理性あると思っているし、思いたい。
「俺達は、選ばれなかった人間だしな。諦めろよ。しつこい男は嫌われるぜ?」
「どっちが……兄さんだって、エトワールに執着しすぎなんじゃない?兄さんの方がよっぽど諦めきれていない」
もう、何を言っているか分からなかった。理解出来なさすぎて、頭が痛い。
(え、え、矢っ張り取り合ってるってこと?)
自分にも春が! 何て、考える余裕も、雰囲気もないけれど、そういうこと? いや、恋愛感情なのか、ただの友愛なのか、もっと違うものなのかも知れないけれど、端的にまとめるとそういうことなの? と私は頭を回す。
最終的に、もういいや。考えないようにしよう、と割り切って私は二人をみる。
(だって、そういう甘い雰囲気じゃないもんね……)
バチバチに火花が散っているから、私がキャーとか言える雰囲気じゃない。というか、そんな状況に、この世界にきてから一度もなったことないし。
「俺は、エトワールの特別だからな。別に、婚約者になりたいなんて思っていない。そういうお前は、ずっとエトワールに引っ付いてばっかりだろ」
「はっ、はあ!?」
「ラヴィ、落ち着いて。本当に、一回落ち着いて。私の頭が整理できない」
「エトワールは黙っててよ」
「黙っててって、私を巻き込んでるからでしょうが!」
取り合いはよそでやってくれ。何て思ったけれど、取り敢えず、ここは冷静にならなければならないと思った。私こそ、先ほどまで冷静じゃなかったのに、何を言っているんだといわれたらそれまでになるけれど。
でも、ラヴァインがアルベドに口で勝てる感じはしなかったし、私がどうにかしないとと思った。そう思って、ラヴァインの方に近付こうとすれば、ぐいっとアルベドに引き寄せられる。
「えっ」
「悪いなあ、エトワール。ちょっと、大人しくしておいてくれよ」
「ちょ、ちょっと、動けない」
動けなくしてるんだよ。と、アルベドに抱きしめられる。どんなかおをしているのか拝んでやろうと思ったけれど、かなりがっちりホールドされていて、私は動くことが出来なかった。
何をしようとしているのか、さっぱり分からない。意図が読めない。
私と、アルベドの様子を見て、ラヴァインはわなわなと震えていた。
「兄さん、それはない……」
「嫉妬を、飼い慣らせないようじゃあ、まだまだだな。ラヴァイン」
「いいから、今すぐエトワールから離れてよ!こんなことしてる場合じゃないだろうが!」
と、ラヴァインは叫んだ。
こんなことをしている場合じゃないとは、どういうことだろうか。切羽詰まったようにいうので、私が首を傾げていれば、何処からか細い針のようなものが飛んでくる。
「ッチ……思った以上に早いじゃねえか」
「兄さんがもたもたしてるから」
小さな針は、ラヴァインの発動させた風魔法によって、全て打ち返された。勿論、通行人にそれらが当たることはなくて安心したが、その針には紫色に光る液体が塗られていた。先ほども見た、あの男が作ったものだろう。
「本当に危機察知能力が高いですね。お二人方は」
「あーあー、来たよ。陰湿男」
「ネチネチしてんのは、その毒だけにして欲しいもんだな。ラアル・ギフト」
人混みに紛れながら、しれっと登場した、ラアル・ギフトに、ラヴァインもアルベドも好戦的な目を向ける。
もう、誰が味方で敵なのか分からない状況。そして、アルベドの腕の中に居るこの状況。私はどう行動すべきか分からず、ただその場で立ち尽くすしかなかった。
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