追ってきたのか、と私は、アルベドの腕の中で、ラアル・ギフトを見る。別にラアル・ギフトは、汗をかいているわけでもなかったし、息も上がっているわけでもなかった。と言うことは、転移魔法か、風魔法を使ってここまで来たのでは無いかと思った。
闇魔法であることは確実だから、闇魔法特有の魔法か、それとも、五属性からか……どっちにしても、魔法をつくことにはなれていそうだなと思った。まあ、魔法も、ナイフさばきもいっちょ前に出来る男達がここに二人もいるんだけど。
「酷いですねえ。わたしたち、仲間でしょ?それに、おやまあ、ラヴァイン・レイもいるじゃ無いですか。兄弟揃って何です?ヘウンデウン教に戻る気になりましたか。一応、探してはいたんですよ」
と、薄い笑みを浮べながら、ラアル・ギフトは微笑む。
それを見て、ラヴァインは眉をひそめると、ハンッと、鼻を鳴らす。
「探してたって、嘘つくなよ。俺の事なんてどーでも良いだろうが。俺がいない方が、良いんだろ?お前はさあ」
「心外ですね。これでも、『仲間意識』はあるんですよ」
そういうと、ラアル・ギフトは、灰色の瞳を、ラヴァインに向ける。
どういう関係なんだ、と思いながら私は見ていると、ラヴァインは心底嫌そうに顔を歪めていた。ラアル・ギフトの言葉も何一つ信じられない。というか、嘘の塊だと思った。ここにいる全員、息をするように嘘をつくから何も信じられない。周りにこんな人ばかりいるから、私は自分自身さえ信じられなくなったのでは無いかと思ってしまった。酷い話だ。
けれど、以前、ラヴァインからラアル・ギフトは嫌いだという話を聞いていたので、ラヴァインは、嫌いな男を前にしたごく普通の反応をしているんだろうな、と私は思った。
(てか、この状況は不味いわよね)
多分、本当に多分、まわりに防御魔法をかけているから、防音になっていて、注目されないようになっているんだろうけど。それでも、こうやって群れていれば、見つかるのは時間の問題なのでは無いかと思った。そうなったら不味い。他の人にも被害が及んでしまう。
私は、どうにかまた場所を変えることが出来ればと方法を探すが、アルベドに捕まっている以上何も出来ない。というか、アルベドに連れられてここまで来て、そしたらラヴァインに出会って、あとからラアル・ギフトが追いついてきて。
闇魔法の人達に囲まれて、オセロだったら引っ繰り返っていると思った。
(いや……あってるかも。エトワール・ヴィアラッテアは、光魔法から、闇魔法に堕ちたんじゃ?)
そんな想像が浮かんできたのだ。
ラアル・ギフトと言う男については、まだ全然掴めていないし、彼に突っかかるのは危ないと思った。何だか、蛇みたいに、ぬるぬると、地を這うようにして、私達と距離を詰めてきている気がするから。物理的ではなくて、精神的に。私の苦手なタイプだ、と私は、目をそらすしかない。
「それで、ラヴァイン・レイ。ヘウンデウン教に戻る気は無いのですか?貴方は、積み上げた地位があったでしょう?それを放棄して、何故そちら側につくのですか?貴方にとって、何もメリットありませんよね」
「そういう、メリットかデメリットかって、自分の利益しか考えないところが嫌い何だって。俺、お前のことほんときらーい」
まるで、小学生男児のようにいうラヴァインに、ラアル・ギフトは、眉をひそめる。
こんな風に言われたら、そりゃ誰でも怒るだろうなあ、何て考えながら、私は、アルベドを見た。彼は何を考えているのだろうか。この状況、彼が敵だと、私達には分が悪いわけだし、そうでなくても、彼に離して貰えなければ私はここから逃げることが出来ない。
ラアル・ギフトも私の命を狙っているだろうし、だからこそ、周りに被害が出る前に、ここを移動するのがベストだと。そう、皆分かっているはずなのに。
「兄さん、いい加減エトワールのこと離してよ。巻き込みたくないっていうのは、兄さんも俺も一緒なはずなんだけど?」
「そう、思ってるのはお前だけかも知れねえぞ。ラヴァイン……」
「……」
「アルベド、もったいぶる必要ないし、悪ぶる必要ないから、いい加減離して。ここで、戦闘になったりしたら、まわりが……」
「本当に、エトワールは優しいな」
と、アルベドは言う。
優しいというか、私のせいでまわりが傷つくのが嫌というか。見ず知らずの人でも、そこに命があるわけで。
そこまで、深く考えたわけじゃなかったが、私の思いはそうだった。ラヴァインはそう考えている感じではなかったけれど、こんな街中での戦闘は、私もラヴァインもラアル・ギフトも避けたいだろう。
「ああ、そのまま、偽りの聖女を捕らえておいて下さい。わたしが、殺すので」
「ハッ、これ以上近付かせると思う?ラアル・ギフト」
アルベドとラアル・ギフトの間に割って入ったのはラヴァインだった。ナイフを構えて、これ以上近付いたら、殺すと言わんばかりに、ラアル・ギフトを睨んでいる。私は、アルベドに捕まったままだし、動けないけれど。
ラアル・ギフトは、やれやれと言った感じで首を横に振った。彼は、華奢だし、毒以外取り柄がないように思えるが、ここで、ラヴァインに且つ算段でもあるのだろうか。そんな風に見えていれば、ゾッとするような殺気を感じ私は目を見開いた。
「だから、いつから、俺を味方だって思ってたんだよ。お前は、俺に対しての警戒心がなさ過ぎだ」
そう耳元で聞えたかと思えば、私とアルベド、そしてラアル・ギフトの間に割って入っていたラヴァインに向かって、アルベドは詠唱を唱えた。どんな魔法を使ったかは分からないが、その場にラヴァインが倒れる。
「ラヴィ!」
「これで、形勢逆転ですよ~?大人しく殺されて下さいね」
「アルベド、どういうつもり!?味方じゃなかったの!?」
「だからいっただろ、味方ではねえって……まあ、敵でもねえけど」
と、最後の方は消えるような声で言っていたため、聞えなかったが、コレはまずいと、全身震えている。
ラヴァインは、私の足下に転がって、ぴくぴくと痙攣していた。麻痺系の魔法でも使ったのだろうか。いつもなら、ラヴァインはこういうのしっかり気を張っているはずなのに。矢っ張り、アルベドの事を信頼しているからだろうか。何もしてこないって自信があったから、信頼していたからこそ、背中を見せていた。それを、アルベドは利用した。
(こんなの、アルベド……やるの?)
洗脳疑惑が晴れない。
でも、ラヴァインの心配をしている余裕はなかった。私は、アルベドに捕まっていて、目の前には、毒の塗られたナイフを掲げるラアル・ギフトがいる。あのナイフで突かれたら、どうなるんだろうか。毒で苦しんで死ぬ? それとも、刺されて出血死?
嫌な想像が、頭によぎって離れない。身体を何かが、虫が這うような気持ちの悪い感覚だけが広がっていく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
何でこうなったの? と、頭の中で考えるが、こうなった原因が全くもって分からない。私は何も悪いことしていないはずだ。そして、私は、誰かのじゃまをしたことも、この人達のじゃまをしたことも、この人達に殺される理由も何もない。
(誰か助けて……リースッ!)
頭の中に、あの黄金がちらつく。きらりと、太陽の光を一身に浴びて輝くあの黄金が、走馬燈のようになって流れてくる。本当に死ぬかも知れないって、思ったからか、リースとの思い出が蘇ってくるのだ。
本当に馬鹿みたいに、次から次へと、リースの笑顔が浮かんでくる。それは、中身が遥輝のリースのものから、推しとして画面越しに見ていたリースもで。兎に角、リースの顔は最高に好きだったんだなあ、何てバカみたいな走馬燈が。
「おやおや、怯えてるんですか?こうみると、顔は同じでも、全く別人ですね」
「……」
「何で、アンタは私の事殺そうとしているの?私、アンタの事なんて知らないわよ」
「わたしも、知りませんね。貴方の事は。でも、我がある死が殺せというのですよ、貴方の事を。どうも、我が主は、貴方の事を嫌っているようでね。ですが、安心して下さい。貴方の死体は必ず、主の元に届けるので」
にこりと笑うラアル・ギフト。
狂ってる。
その言葉が、こんなに似合うなんて思っていなかった。と言うか、私の死体が必要ってどういうことなのだろうか。エトワール・ヴィアラッテアは私の死体を使って何をする気なのだろうか?
色々と巡る思いは一つにまとまらない。でも、もしかしたら、私の魂が抜けた身体に入り込もうとしているのでは? という考えが浮かんでくる。一つの世界に同じ身体の人間がいるのは可笑しいとか、そういうことなのだろうか。だから、私を排除しようとしている? でも、排除して、私に成り代わって何がしたいのか。
『愛されたい』
(そんなことして、愛されるとは思わないけど……)
益々嫌われるのではないかと。だって、中身が違うから。
これは、私の憶測に過ぎないし、こんなの私の考えだけど。でも、もしそうだったとしたら……
「最後の言葉は決まりましたか?」
「間違ってる……」
「何の面白みもない、言葉ですね。では、さようなら、偽りの聖女様――」
「――ッ!」
「エトワール様ッ!」
カキンと金属音が響き、ナイフが宙を舞う。そして、あたりの音が一瞬にして戻ってきて、通行人達が私達の方に視線を向ける。注目が集まる。
「ってぇ……」
いつの間にか、アルベドの拘束も解けて私は、ある人物の腕の中に収まっていた。
一番、あり得ない人物――
「大丈夫ですか、エトワール様」
「ぐら……んつ?」