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 第121話 眠れない膜
◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・深夜】


夜の体育館は、音が少なかった。

泣き声はまだどこかに残っている。

けれどそれは、昼みたいに爆発する泣き方じゃない。

毛布の中でこらえる音。鼻をすする音。震える息。


眠れている子もいる。

疲れ切って、倒れるように眠っている。

でも、眠れない子の方が多い気がした。

目を開けたまま天井を見つめる子。

スマホの黒い画面を握りしめたまま指だけ動かしている子。

何かを言いたいのに、言えば壊れるから黙っている子。


先生たちは交代で見回り、声をかけ、毛布を直し、顔色を確かめる。

「大丈夫」

「水ある?」

「寒くない?」

その言葉が何度も繰り返される。祈りみたいに。


体育館の外では、異世界の夜が深くなっていた。

街灯も車もない暗さ。

窓の外の森は、黒い塊のまま動かない。動かないのが怖い。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/正門内側・警戒線】


門の内側では、兵士たちが交代を組み直していた。

槍を握る腕が疲れている。視線も疲れている。

それでも、崩れるわけにはいかない。


アデルが短く指示を出す。

「二刻ごとに交代。眠れる者から眠れ。起きている者は、数を数えろ」


その指示は、命令というより“生き残りの手順”だった。

兵士たちは頷き、無言で動く。

倒れそうな仲間の肩を叩き、温かい飲み物を渡し、槍を受け取る。


リオは校舎側の影に寄り、マスクを外さずに壁にもたれた。

目を閉じる。けれど眠れない。

耳が、森の音を拾ってしまう。


(姉ちゃん……)

(今は、守られてる。でも、世界が壊れてる)


イヤーカフは静かだ。

ノノは今夜も解析室で走っているはずだ。

その姿が想像できるほど、皆が追い詰められている。


ヴェルニは門から少し離れた場所で、腕を組んで空気を嗅ぐように立っていた。

眠れない兵士の代わりに立っているようで、本人は眠る気がなさそうだ。


「寝ないの?」

兵士が聞くと、ヴェルニは肩をすくめた。

「俺が寝たら、誰が“嫌な匂い”を先に嗅ぐんだよ」

軽口。だが目は笑っていない。


アデルは一度だけ門の外を見て、すぐ視線を戻した。

消えた兵士のことが頭を離れない。

今夜、その“欠けた一人”が戻ってくるかもしれない。戻らないかもしれない。

戻ってくるなら、普通の姿で戻ってくるとは限らない。


(嫌な予感は、まだ形になっていない)

(だからこそ、怖い)


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/渡り廊下】


学園の廊下は冷えた。

窓の外は真っ黒。森の匂いが薄く入り込む。

校舎の中なのに、遠くで獣の唸り声が聞こえる気がする。


ハレルは一人、渡り廊下に立っていた。

背中を壁に預け、息を吐く。

体育館の中へ戻れば、先生たちも生徒たちもいる。サキもいる。

ひとりでいるのは危険だ。分かっている。

それでも、今夜は一度だけ、頭を整理したかった。


(何が起きてる)


まず、学園が転移した。

次に、黒い影が増えている。

影は獣に乗り、人に擬態し、会話まで真似る。

そして、サキのスマホの地図アプリ。強制退出。円。

効く。だが代償がある。穴が残り、充電が削れる。


(穴……膜が削れて残る穴)

(塞げるのは、結界の専門家……ダミエだけ)


あの円は、ただの魔術じゃない。

プログラム。文字列。

父が残したものと、同じ匂いがする。


ハレルの胃がきゅっと痛んだ。

不安が、考えれば考えるほど体の内側を締め付ける。

眠れないのは生徒だけじゃない。自分も同じだ。


(父さん)


森の中で、あの男が現れた。

ハレルの父、匠――だと断定できないまま、でも確かに“父の輪郭”だった。

姿を見せて、すぐに去った。

メッセージがサキのスマホに残った。

“危険なものが迫ったら座標を合わせて起動しろ”。

その言葉が今も頭の中で回る。


父に会えたら。

もう一度会えたら。

この状況を変えられる気がする。

少なくとも“次の手”が見える気がする。


でも、会える保証はない。

会えたとしても、すぐ消える。

それが今の父のやり方だ。


(サロゲートとレアは……)


あの二人はプログラム円に飲まれた。

消えた。

終わったわけじゃない。

あいつらは、終わらない。


サロゲート――カイトの体の“代用”。

あの声。無邪気で残酷な声。

レア――光刃で人を裂く女。

あの二人が“戻れない”とは思えない。

戻ってくるなら、どこから?

穴から?

削れた膜の隙間から?


ハレルは息を吸って、吐いた。

胃が痛い。

吐き気がするほど、考えることが多い。


(現実世界は……)


木崎の言葉が耳に残っている。

駅前が森と崖になっている。黒い影が人に取り憑く。

警官は撃てないからテイザーで止めている。

国も動いている。

でも“普通”の手段じゃ追いつかない。


黒い影に対抗できる魔術を使える者は、現実にはいない。

異世界でも、治癒光を攻撃に転用するという“変な解決”で何とかしているだけ。

このまま増え続けたら、どうなる。

世界は割れる。日常が壊れる。


(戻れないのか)


ここから現実へ戻れたら。

リオも、サキも、連れて戻れたら。

現実側で戦える。情報が繋がる。救える人が増える。

でも今のままでは、戻る方法がない。


転移には法則がある。

基本は同じ空間に戻る。

でも今はずれている。

ずれを利用したのがカシウス側だ。


(じゃあ逆に、ずれを“利用して”戻せないのか)


考えるほど、胃が締まる。

でも考えるしかない。

考えないと、夜が怖すぎる。


その時。

胸元の主鍵が、ほんの少し熱を持った。

強い脈じゃない。

でも、合図みたいに一度だけ。


ハレルは顔を上げる。


白いノイズが、廊下の端でふわりと揺れた。

姿は見えない。

でも気配がある。


《……ハレル》


セラの声。

耳の奥に触れる。

今夜はさっきより薄い。

それでも、繋がっている。


「セラ」

ハレルは小さく呼ぶ。

声を出すと、廊下の静けさが壊れそうで、喉を締めたまま言う。


《考えすぎると、あなたが折れます》

セラの声は静かだった。

叱っていない。心配している声だ。


「折れたら……終わる」

ハレルは答える。

「でも、考えないと……守れない」


《守るために考えるのは、正しい》

《でも、全部をあなた一人で背負う必要はありません》


ハレルは唇を噛む。

分かっている。

でも、主鍵は自分にある。

責任から逃げられない。


《あなたが探している“方法”は》

セラが一拍置いて言う。

《ひとつだけ、可能性があります》


ハレルの心臓が跳ねた。

「なに」


《穴です》

《膜が削れた穴は危険です》

《でも、危険だからこそ、座標を通す“細い線”を作れる》


「……戻れる?」

ハレルの声が掠れる。


《今は、まだ》

セラははっきり言った。

《穴は小さすぎる。塞ぐ人も必要です》

《そして、使えば……もっと世界が削れます》


ハレルは目を閉じる。

希望が見えたのに、代償が重い。


セラが続ける。

《だから、夜のうちに決めてください》

《何を守るか》

《何を諦めないか》


ハレルはゆっくり息を吐いた。

胃の痛みは消えない。

でも、焦りの形が少しだけ整う。


「……分かった」

「俺は……諦めない」


《それでいい》

セラの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


その直後、廊下の向こうで足音がした。

サキが探しに来たのかもしれない。

先生かもしれない。

ひとりでいる時間は終わりだ。


ハレルは胸元の主鍵を握り、体育館へ戻る方向へ足を向けた。


夜はまだ長い。

でも、止まるわけにはいかない。



異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―

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