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「は?」
(今何つった?)
頭では理解出来ないようなことを、サラッと言ってのけたターゲットに呆れよりも驚きよりも、恐怖を感じてしまった。
何を言っているのか理解できなかった。目の前に差し出された手、真剣な表情、そして、爛々と光るルビーの瞳。それをみて、俺は何か言えただろうか。
空澄は聞えなかったのか、とでもいうようにもう一度口を開く。
「鈴ヶ嶺梓弓、俺様と友達になってくれ」
二度も同じ台詞、言い回し、声色もトーンも一定している。
これは夢なのか? と一瞬疑ってしまった。だが、紛れもない現実だ。
(舌噛んでるが、痛い……から、夢じゃないんだろうな)
そう現実か夢か自分で見極めながら、俺は再度空澄を見た。
こいつは正気かと、疑いたくなってしまった。
「どうして」
「うん?」
「どうして、俺と友達になりたい何か言うんだ。俺のことしってたんだろ。昨日つけていたこと、俺がお前を殺そうとしていること、なのに何で」
本音だった。初めて人にぶつける初めての感情、胸に集まる熱い何か、その正体が分からず、俺は掻き乱されていた。こんなに感情を揺さぶられたのは初めてで、自分で自分がままならない。どうしたいのか、どう言いたいのか、何て顔で空澄を見れば良いか分からなかった。
たかが数週間一方的に話し掛けられた、仲とも言えないような、ただの同級生に、まだそこそこの日にちしか経っていない転校生に、何でこうも俺は感情的になっているんだ。
そんな俺とは真逆に、空澄は落ち着いたように「友達になりたいから」とそれだけいってフッと笑った。
ああ、矢っ張り理解できない。
俺は頭を押さえた。こいつには話が通用しないのかも知れない。御曹司で澄む世界も違って、見ているものも価値観も違う。だから、こんなに簡単に言えるんだ。お人好しと逝っても過言ではない。俺をみすみす見逃すのか、それとも何か裏があるのか。疑うのも面倒くさい。
「……何で俺と友達になりたいんだよ」
「だって、友達になれると思ったから」
「理由になってない。俺は、お前を殺すために雇われた暗殺者……狙撃手なんだぞ。なんで」
「何でって、俺様難しいことはよく分からないな」
と、空澄は自分の無能さを自傷気味に笑いながら言う。
分からないのはこっちの方だ。
本当にただの馬鹿なんだろうと思いつつも、何処か喜んでいる自分がいた。殺さなければならない、俺はそういう世界で生きてきた。たかが1人の同級生を殺せなくて、暗殺者は名乗れない。そういう数年のうちにできたプライドというものもあった。だがそれをぶち壊して内側に入ってきたこいつは、多分誰にも止められない。
「……友達になったとして、俺はいつかお前を殺すかも知れない」
「うーん、それでもいいぞ」
「はあ!?」
思わず大きな声を出してしまった俺に、空澄はクスリと笑って言った。
そう、まるで愛しいものを見るかのように微笑んでいた。
それに驚いていれば、空澄はまた口を開いた。俺が思っている以上に空澄は肝が据わっているらしい。いいや、馬鹿だ、馬鹿すぎる。
(さすがに、暗殺者って意味も殺すっていう意味も分かってるだろう。それが分かってなかったら、マジで小学校からやり直した方がいい)
俺は、自分の頭の悪さを棚に上げつつ、空澄を手で覆った指の隙間からみた。変わらない笑顔を向ける、こいつは馬鹿で純粋なんだろうと、俺はもう笑うしかなかった。
「メリットはあるのか?」
「メリット? 友達にメリットとか考えるのか? 一緒にいるだけで楽しいとか、そういうのが友達……友人って奴だろ!」
と、空澄は自信満々に胸をはる。どこからそんな自身が溢れてくるのか分からなかった。だが、まあ、もういいと半分以上おれかかっている。
「そもそも、お前の性格なら友人ぐらい幾らでも作れるだろうが、なんでわざわざ俺に、矢っ張り裏が……」
「あずみんが、助けてくれたから」
「はあ?」
「ほら、初日、俺様達が出会った日、あずみんが助けてくれただろ?あれすっごく格好良くて、惚れた!それで興味持って……あ、後あずみん俺様に興味なさげだったし!」
「……好奇心旺盛か」
何となく予想はしていたが、矢っ張りそうなのかと。
俺を自分の好奇心を満たすための道具に使用としているのではないかと、少し期待した俺が馬鹿だった。
この話は、なかったことに……そう思って目を閉じれば、さらに空澄は続ける。
「俺様、これまで友人いなかったんだ」
「……は?」
「ほら、俺様って財閥の御曹司って言われてるというか、そういう奴じゃないか!だから、これまでにも暗殺者? に狙われたことあったし、これが始めてって訳でもなかったし、まあ、何だ! そういう奴らもいっぱいいて、信じられなくなったのもそうだが、皆俺様の外見? 財力? とかそういうのしかみてないからな。だから、あずみんはそういうのを気にせず俺様と接してくれたから」
と、空澄は熱弁した。
友人がいなかったことに驚きを隠せなかったが、それ以上に俺が理想化していた、想像していた生活とはほど遠いのだと知り、何処か共感を覚える自分がいた。
もしかしたら、こいつも孤独だったのかも知れないと。
「だから、俺様はあずみんと友人関係を気づきたいし、友達になりたい! そしたら、俺様もっと毎日が楽しいって思えるだろうから」
そう、空澄は言うと持ち前の笑顔を向けた。果実が弾けるようなその笑顔に、眩しい笑顔に目を眩ませつつも、勝てないな……と、俺は敗北を宣言する。
(俺の負けだ……こいつにはかなわない)
俺は、差し出された空澄の手を握り返した。
「あ、あずみ……」
「分かった、友達になってやる。だが、勝手に俺を捨てるなよ? 捨てられるのも、裏切られるのも嫌いだ」
「あ、あずみ――――ん!」
このまま仲良く……そう期待に胸を弾ませていれば、思いっきり空澄のタックルをくらい、俺は後ろに倒れ込んだ。
そうして、次の授業が始まるチャイムが鳴り響き、ふとみた空は雲が晴れ、青く広がっていた。