新《あらた》に、案内されて入った所は、土間だけの、まさに、休憩小屋だった。
新が、抱える人足達が、土間に転がり、荷運びで火照った体を冷やしながら、休んでいた。
「おい!邪魔だ!お前ら」
親方である、新の声に、皆、飛び起き、何事かと一斉に入口を見る。
「さ、さ、むさ苦しいけど、紗奈ちゃん、ここに座ってくれ」
勧められるまま、紗奈は、おずおずと、唯一筵《むしろ》が、敷かれてある場所に腰を下ろした。
髭モジャがいる、とはいえ、ひとめで、荒くれ者とわかる人相の悪い男達に囲まれては、さすがの紗奈も、落ち着かなかった。
「てめぇら、ジロジロ見るんじゃねぇ!」
新の一喝に、皆、怯えながら、小さくなった。
と、同時に、
「いや!紗奈ちゃんか!大きくなったなぁ!」
「おお!久しぶりだなぁ!」
等々、懐かしむ声が、場に沸いた。
「あーーー!!!おじちゃん達!!!」
童子検非違使《どうじけびいし》として、あちこち、出入りしていた頃、世話になった、卸問屋の店主達だった。
現れた男達は、上野をかこむように座りこみ、あーだこーだと、昔話に花を咲かそうとした。
「あー、ちょっと、まった、頭衆!紗奈が、大変らしんだ」
上野は、事情を、かいつまんで話した。
「……なるほど」
「そりゃあ、また、裏がありすぎる話だなあ」
「琵琶法師は、置いといて……」
「唐下《からさ》がり、は、まずいなぁ」
「手を出すに出せねぇ話しになってるぜ」
頭衆達は渋い顔を崩さない。
「じゃあ、助けてくれないの!御屋敷は、盗賊に押し込まれるのよ!」
悔し涙を流しだした、上野の姿に、皆は、慌てた。
「あっ!紗奈!協力するさ!助ける!ただ、方法というか、関わり方、なんだ」
言うと、新が、困り顔で、皆を見渡した。
「ああ、そうなんだ」
「最後までは、踏み込めねぇ難関なんだよ」
皆、何か、スッキリしない口振りだった。
「……すまんが、今、皆が行っている、荷受けに、運び仕事は、どうなってるんじゃろうか?」
髭モジャが、問う。
「何で、そんな事、聞くの?もう日が暮れるんだよっ!!」
上野は、皆の腰の重さに、苛立ちを隠せい。
「うん、そうなんだ。髭モジャよ」
荒れる寸前の上野を無視して、新が髭モジャに言った。
「遠国、としか、わからない荷が増えていてな」
と、船を使った荷運び専門の、頭が言う。
「一応は、須磨や、明石から、荷は、出るんだ。でもな、明らかに、別の所から、運ばれて来ているんだよ」
「ああ、西国近辺は、うちの仕切りだ。その、うちが知らない荷が、つまり、うちを外して、自分達で、須磨やら、明石やら、に、運びいれてるんだ」
西国からの荷物を、都へ引き渡す担当の頭が、言った。
「そりゃあ、構わねぇよ、俺たち通さなくても。一応は、使ってくれてんだから、全部、俺たち使えとは、いえねぇよ。俺たちは、お上に命じられた訳でもなく、あくまでも、自分達で、組んでいるだけ、だからな」
「で、その荷改めが、何故か、無いんだ」
頭の言うことを追うように、新が言った。
西国、遠国から運ばれて来る荷物は、簡略な、荷改めという確認事がある。都へ、怪しげな物を持ち込ませない為の策なのだが、貴族、それも、上流になればなるほど、改め無しで通過できる。
まあ、それが世の中というもんだ。と、新は、言うが、たちまち、その顔を曇らせた。
「近頃、やけに、守近様、いや、大納言様宛の荷が、増えているんだ」
「……そして、唐下がりの香も、広がりを見せている、と、いうことじゃな?新よ」
キリリと、顔を引き締め、まるで、取り調べを行うかのような、顔つきで、髭モジャが、新の言わんとすることを代弁した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!