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エンゾ様の訃報を受けてから5日が過ぎました――
あまりのショックに私は塞ぎ込んでしまいました。
ですが、この町の結界を修復したり、森を浄化するなどやるべき聖務を放り出すわけにはいきません。また、シスターである私は教会の雑事や併設の孤児院での仕事もあります。
この辺境の地では教会がここだけです。自然とシスター・ジェルマが修道司祭として祭事も執り行っています。私はそれをお手伝いしなければいけません。
ところが頭では分かっていても体がついてこないのです。
エンゾ様を想うと未だに悲しみで胸が張り裂けそうになります。
そして、気が付けば自然と涙が零れ落ちてしまっているのです。
そこで考えないようにしてみたのですが、今度は胸にぽっかりと穴が開いたように気力が抜け出てしまい何にも手がつかず体が動かなくなりました。
「仕事は暫く休んでいいのよ。だけど少しでいいから何か口に入れてちょうだい」
寝台に腰掛けていた私が顔を上げれば、そこには顔を曇らせたシスター・ジェルマが立っていました。自室に引き籠り、暗い部屋の中で座ったまま放心していたせいで、彼女が部屋に入ってきたのに気がつかなかったようです。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません」
私は何とか寝台から腰を上げ、シスター・ジェルマに従って子供達の待つ食堂へと向かいました。
足が重い……
何故でしょう。
自分の身体の筈なのに思うように足が動きません。気持ちはこれ程までに身体に影響を与えるものなのでしょうか?
なんとか無理矢理に体を動かして食卓についてみました。ですが、それだけで気力を全て使い果たしてしまったかのように身体がとても重いです。
シスター・ジェルマが食事の祈りを捧げ、子供達が匙を手に取り食事を始めても、私の手は匙へとは伸びませんでした。
ふと視線を感じて周囲に顔を向ければ、子供達が手を止めて私をじっと見詰めていました。その表情はシスター・ジェルマと同じ憂いの色が現れていました。
いけません。
このままでは子供達に心配を掛けてしまいます。
「大変だシスター!」
匙を手にして悪戦苦闘しながらスープを口に運んでいる最中に、自警団の男性が慌てて入ってきました。
「街道に魔獣が現れて、行商人の一団が襲撃されたらしい!」
それを聞くや私の体は弾かれたように食堂を飛び出しました。
非常事態だからでしょうか?
不思議とあんなに重かった身体ですが、枷が外れたみたいに楽々と動きました。
呼びにきた自警団の方について私が現場に到着すると、そこでは先行していた自警団が魔獣を牽制し行商人の一団を守っていました。
そのお陰で被害は最小限に抑えて魔獣を討伐できたと思われます。しかし、全くの無傷と言う訳にはいきませんでした。
行商人の一団にも自警団にも怪我人が出ておりましたし、中には血を流しもう動かぬ者も幾人か見受けられました。
おぎゃぁぁぁあ! おぎゃぁぁぁあ! おぎゃぁぁぁあ!
その中で動かぬ父母の下で泣く激しい赤子の啼き声。
行商人の中に若い夫婦がいたのですが、自分達の子供を守るために犠牲となっていました。
「こいつら所帯を持ったばかりでな……」
「子供もできてこれから幸せになろうって時だったのによ」
「この子も可哀想に」
仲間の行商人達が憐憫の情を露わにしましたが、誰も赤子に手を差し伸べようとはしませんでした。
彼らとてそんなに余裕があるわけではないのです。とても他人の子供、それも乳飲み子を引き取るとは言い出せないのでしょう。
見ればその赤子は若夫婦の腕に必死に守られていました。その光景はとても痛ましく、私の胸もきゅっと潰れてしまいそうです。
堪らず私が赤子をそこからすくい上げると、その子は小さな手で私の胸にしっかりとしがみ付きました。
この子は私を離すまいと自分のあらん限りの力で私の服を掴んだのです。
「どなたかこの子の名前をご存知ですか?」
「確か『シエラ』だった筈だ」
訊ねれば行商人の1人がすんなりと教えてくれました。
「シエラ」
名を呼べば、その赤子……シエラはきゃっきゃと笑ってくれました。
その笑顔はとても愛らしく、
その笑い声がとても可愛くて、
赤子の温もりがとても愛おしい。
私は何故だかシエラを手放せなくなってしまいました。
だから私は決めました――
「まさかその赤子を引き取るのか?」
「はい。この子は孤児院で引き取ろうと思います」
――この孤児となってしまったシエラを私が守り育てるのだと……