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王都はすっかりお祭り一色になっていた。
「王都の星天祭、テオと一緒に行ってみたかったんだ。また、夢がかなって俺、嬉しいよ」
「よかった。僕も、アルとお祭りにいけて嬉しい」
あれからしばらくたって、星天祭が始まった。期間は三日間。短い祭りとも言えないし、長い祭りとも言えない。ただ、この期間中は、学校は休みなので気兼ねなく遊べるということだ。
王都は、星と夜空をイメージした青、黄色、白に統一されており、どこを見ても、星の形の食べ物や装飾品が見える。どれも形が違って、美しくて、つい僕もほしくなってしまう。
「何か買う? せっかくだし、おそろいの何かとかどう、かな。テオ」
「いいけど、恥ずかしくない?」
「お守りとかだったら、剣に絡ませておけそうだし」
アルフレートは楽しそうに、あれこれと考えている。
そういえば、彼の剣はいつもいきなり出てきて、いきなり消えるのだが、どういう仕組みになっているのだろうか。
「アルの剣ってさ……いつも、どこにしまってあるの?」
「剣? ああ、異空間に」
「い、異空間!?」
僕が驚いて声を上げると、周りにいた人たちが一斉にこちらを向いた。いたたまれなくて、僕は、サッと彼にくっつく。彼は、笑いながら「大丈夫だよ、誰も見てない」と、カバーになっているか、なっていないか微妙な声をかけくれる。今日も、変装魔法を施してあるため、僕たちの存在には誰も気付かないだろう。それはいいとしても、叫んだらそりゃみんなの視線を集めるわけで。
僕は、小さくなりながら「異空間って?」とアルフレートにこそりと聞く。
「異空間っていうか、そういう加護。好きな時に、好きなものが取り出せる加護。空間魔法の一種みたいなものでもあるんだけど、本当にどこかに剣を置いていて、いざ取り出したいときに所定の位置になかったら使えないでしょ? だから、異空間に武器をしまってるの。ああ、あと、普通に取り出すのが間に合わなかったら、魔法で剣の形にする、とか、かな? これで、疑問は解消された?」
「う、うん。それこそ、異次元すぎて何言ってるかわからないんだけど」
理解できたようで、できなかった。とにかくすごい……とだけ、認識してこの話は終わる。
アルフレートは剣を持ち歩いている日と、持ち歩いていない日があったから気になったのだ。またそこで勇者だからというフィルターをかけて、彼はいつでも緊急に備えて動けるようにしていると思っていた。だが、実際はそのさらに上を行く用意の周到さだったというわけだ。
いつでも、剣を取り出せる。だから、わざわざ持ち歩く必要がないとのことだった。
僕は、すごいね、しか言えず彼の隣を歩いていたが、アルフレートは終始笑顔で答えた。
「いつもより、アル、楽しそうだね」
「うん。だって、デートでしょ。これ」
「で、デート」
違った? みたいな顔で話しかけられて、僕は首を横にも縦にも振れなかった。これは、デートなのだろうか。
「でも、デートって、この間もしたよね。その、王都で」
「そうだけど。あの時は、邪魔が入っちゃったしね。だから、今度こそ何の障害もなくデートできるって、俺は楽しみにしてたんだ」
「じゃ、じゃあ、デートってことでいいよ」
この言い方もダメな気がするが「うん、デート」と語尾にハートが見えそうな感じでアルフレートは言ったので、それ以上突っ込むことはやめた。
それから、デートだとお互い認識したところで彼は、僕の手にするりと指を忍ばせ、恋人つなぎをした。本当に呼吸するように指を絡ませたので、驚いたが、別に離すことはなかった。彼が、嬉しいなら嬉しい、その認識で僕は生きている。
恋人つなぎをしながら、僕たちは露店を回った。やはり、どの店も星をモチーフとしたものが売っており、星形に切り抜かれたフルーツを僕たちは一つ買って交互に食べた。星形にくりぬかれたフルーツは、パパイヤや、マンゴーといった黄色を連想させる色ばかりで、星の形ということもあってユニークだった。それと、光沢があって、光の加減でキラキラと光るのもポイントが高い。貴族の生活に慣れてからは、こういった露店で物を買い食いするということはなくなった。けど、もともとはそういう社会……村に生まれたわけで、それが当たり前だったのに。
懐かしさと、新しさという矛盾した感情に振り回されつつも、素直に楽しむことができた。アルフレートも僕が、あーんと恥ずかしながらに食べさせれば、蕩けそうなほど幸せそうな顔で食べてくれたし。こういうのは、恋人っぽくてとてもよかったし、楽しい。確かに、デートだなと思えた。
次にいったお店では、星屑ブレスレットなるものが売っているハンドメイドアクセサリー店だ。
「テオ、どれがいい?」
「どれって、えっと、こういうものに疎いから、わからなくて」
「お揃いがいいよね、うん。俺も同じ気持ち」
「え、ごめん、アルには幻聴が聞こえるのかな」
店主の男性はハハハハッと笑っていたが、僕は、またアルフレートが暴走してる、と恥ずかしくなった。お揃いがいいのはいいんだけど、と楽しそうに選ぶ彼の横顔を見ながら頬が熱くなる。僕たちは、周りから見たらどんなふうに映っているんだろうか。恋人として見られているのか、兄弟……ではないかもだけど。
深い紺色のテーブルクロスが敷かれた机の上には、ずらりとアクセサリーが並んでおり、どれもこれもが星をあしらったデザインだった。よく見る、宝石店の宝石とか、アクセサリーとかとは違う。貴族令嬢がつけている上品ながらも、お金がかかっていることが見え透けるものではなくて、全部手作りで。職人の温かみが出ている不揃いさがとても心惹かれた。他の人がこの店に足を止めている様子はなかった。貴族もお忍びで来ているのだろうが、こういうのにはきっと興味がないんだろうと思う。そう思うと、僕たちが足を止めているお店というのは、どれもこれも平民が楽しくやっているお店ばかりだった。自分たちの感性というのは貴族社会に入っても変わらないのだと、嬉しく思う。
(…………お父さんや、お母さんたちに買ってあげたかったな)
王都の星天祭はね! と、童心に戻ってきゃっきゃと両親に話したかった。でも、それはかなわぬ話で、故郷はもうない。
楽しいのに、つらいことを思い出して気持ちがブルーになっていると、僕は頬を叩く。これじゃいけない。
僕は、目についたものを手に取ると、それは月のチャームがついたネックレスだった。
「これ、綺麗……」
「お、それか。いいねえ、兄ちゃん。お目が高い」
店主の人は、おっ、と親指を立てる。どうやら、自信作らしい。僕はもう一度そのネックレスに視線を落とす。銀色のチェーンに月のチャームがぶら下がっているネックレスで、よく見ると、月の中に星も入っているデザインだった。少し大人っぽく見えるが、僕は一目見てこれがいいなと魅了される。
アルフレートも気に入ったようで「いいね、それ」と言ってくれた。
「じゃあ、これにする?」
「うん! でも、ネックレスか……普段使いならやっぱり、アルのいってたブレスレット、とか」
「指輪でもいいよ」
「ちょっと、アル、やめようか」
別に嫌じゃないんだけど、ね。と補足して、僕は苦笑いする。
すると、気を利かせた店主が似たようなデザインのブレスレットを二つ持ってきてくれた。銀色のチェーンはおそろいで、違う点といえば片方が青い満月で、もう片方が白い三日月という点。チェーンには小さく砕いた宝石のようなものがちりばめられている。デザインもとても好印象だし、目立たない。でも、ペアルックであることは一目でわかる。
「じゃあ、二つとも一括で」
と、アルフレートは、懐からお金を出して店主に渡す。値段はそこまで高くないのだが、せっかく二人で選んだものだし、半分出させてよ、と思わず彼の服の袖を引っ張ってしまった。
「アル、僕も半分出すよ」
「いいって、俺がテオにあげたいんだから。プレゼント。二回目のデート記念だよ」
「あ……ありがとう……」
僕だけに向けられた笑顔は返却不可能だ。
僕は、その笑顔とともに、アルフレートが受け取ったブレスレットを彼に着けてもらう。チャラ……と静かにチェーンがぶつかる音がする。サイズも調節してぴったりだった。アルフレートも続けて付けて、見せてくれる。それは、彼のたくましくも、手首だけ細い腕によく映えた。
「ありがとうございます。店主さん」
「いいってことよ。大事に使ってくれよ~それと、デート楽しんでくれ」
店主の男は、僕たちの関係に気づいて背中を押してくれる。歯が何本か抜けていたがニッと歯茎まで見せていい笑顔で、骨ばった親指をぐっと立てていた。アルフレートは、グッと親指を立ててサインを返し、僕も真似してぎこちなく親指を立てる。
このブレスレットは今後もずっと大事にする。そう心に決めた。店主の人柄も、このブレスレットのデザインも、そしてアルフレートと一緒ということも、すべてが新しい幸せな記憶として刻まれる。
それからも僕たちは露店を見て回った。目新しいものから、見慣れたものまで。でも、それが祭りの期間中にやっているからすべてキラキラして見えた。また、小さな舞台が公演されていたり、街のあちこちから軽快な音楽が鳴り響いていた。そうしてゆっくり回っていれば、すっかり日が落ちてしまい、空に花火が打ち上げられる。はじめは、まだ夜と夕方の境目なのに花火? と思ったが、どうやらそれは花火じゃないようだった。魔導士たちが打ち上げた魔法。それらが、空中に花を咲かせ、まるで生き物のように、空を彩り、かけていく。それは、実に幻想的な光景だった。
火の魔法だけではなく、水の魔法や風の魔法、多種多様な魔法を駆使し、それらを重ね合わせ、空中に絵を描いていくように打ち上げる。花火とはまた違った美しさがあり、つい見惚れてしまう。打ちあがった水の魔法は、その場で破裂し、パァン! という破裂音とともに弾けて、夜空に星の形を作り上げた。七色の星のシャワーに歓声が上がる。
人工的に作り上げた星々の下にいる。そんな不思議な感覚に、僕たちは空を見上げて口を開けていた。この後、本物の花火も上がるみたいだが、前座としては十分すぎる。観客からも歓声が上がっていた。すごい迫力で見ている者の心を奪う魔法ショーだった。
こんなものがあるとは全く知らなかったので、見入ってしまう。幼いころに見た小さな花火なんかよりも、何倍も大きい魔法によって描かれる花火もどき。そのショーは夕方が夜に飲み込まれるまでの時間行われていた。僕はこの光景を忘れないように目に焼き付けた。そんな、感動している僕の隣で、アルフレートも顔を上げていたのだが、すっと握ってきた。彼の暖かな体温に包まれるのが心地よくて嬉しくなると同時に恥ずかしくなり頬が赤くなる。何度も握ってもらっていたはずなのに、いきなりというのは心臓に悪い。いい意味で。
「きれいだね、テオ」
「もう、どこみていってるの。花火でしょ、キレイなのは」
「どっちもだよ。花火に照らされる、テオがきれい。ずっと見続けていられるね」
その言葉に、大袈裟とか、飾りっけとかない。本当に、素直にそれを口にしているんだとわかるからますます恥ずかしくなっていく。
僕も恋人らしいことをしたいのに、すべてアルフレートがしてくれて。僕はずっと受け身のままだ。
僕に今できることは何だろう、と思いながらとりあえず彼の手を握り返す。それだけで、世界一幸せ、みたいな顔をするからアルフレートはよっぽど僕のことが好きだ。
「……僕も大好きだよ、アル」
「じゃあ、俺は愛してる。テオ」
百倍返し、本当にアルフレートにはかなわないな、と思いながら僕は恋人である彼ともうしばらく星の舞う夜空を見上げていた。デートは完ぺきで、誰にも邪魔されない、忘れられない思い出となったのだ。