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第5話:別れの履歴
夜の笹波駅。ホームの蛍光灯が、雨上がりの床に淡く反射している。
そこに立つのは、背の高い男子高校生・田嶋。短めの黒髪は少し濡れていて、制服のブレザーは肩のあたりが雨でしっとり。胸ポケットからのぞくのは水色のスマホケース。隣には、同じ制服の女子・三村。肩までのストレートの髪を耳にかけ、カーディガンをブレザーの下に着込んでいる。まつ毛の先が、まだ小さな水滴で光っていた。
二人は、ベンチの上に置かれていたスマホを見つけた。見慣れない機種だが、田嶋が手に取ると、画面がふっと光る。そこには、未来の日付「2026年3月15日」が表示され、メッセージアプリが開いた状態だった。送信者と受信者の名前は——田嶋と三村。
画面には短い履歴だけ。
《ごめん。やっぱり、もう続けられない》
《わかった。元気で》
二人は顔を見合わせた。田嶋は唇を結び、三村は視線を落としたまま。
「……これ、本物?」
「知らない。けど……俺、こんなこと言うかな」
スクロールすると、その下にまだ未送信の下書きが残っていた。
《でも、本当は別れたくない》
ホームに風が吹き込み、三村の髪がふわりと揺れる。
田嶋はスマホを閉じ、そっとベンチに戻した。
電車が到着し、ドアが開く。二人は同時に立ち上がったが、田嶋が小さく笑って言った。
「じゃあさ、今のうちにさ——別れない理由、作っとこう」
三村も笑ってうなずく。その笑顔は、蛍光灯よりも少しだけあたたかかった。
電車がホームを離れ、未来の履歴は雨の匂いの中に溶けていった。
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