テラーノベル
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夏休みが近づいてきたある日の放課後。図書室の窓からは、少し湿り気を帯びた初夏の風が吹き込んでいた。
私の手元にあるのは、真っ白な『進路希望調査票』。
キララ:「(ペンを動かさずに、ため息をついて)……第一希望、県外。……やっぱり、書かなきゃダメだよね」
私は、小さい頃から憧れていたデザインの勉強ができる、遠くの街の大学を志望していた。でも、それを書くことは、この街に、そしてミナトに「さよなら」を言う準備をするとと同じ気がして。
そんな時、ガラッと図書室のドアが開いた。
ミナト:「(スポーツバッグを肩にかけて、顔を出す)よお、キララ。まだやってんのか? 真面目だな」
キララ:「(慌てて紙を隠して)あ、ミナト。練習終わったの?」
ミナト:「(私の隣の席にドカッと座り込んで)ああ、今日は早上がり。……っつーか、何隠したんだよ。見せろよ」
ミナトはニヤニヤしながら、私の手からひょいっと調査票を奪い取った。
ミナト:「(じっと紙を見て)……へぇ。県外の大学、本気なんだな」
キララ:「(下を向いて)……うん。あそこの大学、私のやりたい勉強ができる設備が一番整ってるから。……ミナトは、どうするの?」
ミナト:「(調査票を机に返し、背もたれに寄りかかって)俺? 俺は推薦で、地元のスポーツ大に行くつもり。プロは無理でも、コーチの資格とか取りたいし」
地元の大学。自転車で十五分。……私が行こうとしている場所とは、特急で三時間も離れている。
キララ:「(少し震える声で)……そうなんだ。……じゃあ、来年からは、こうやって放課後に会うこともなくなっちゃうんだね」
ミナト:「(一瞬黙って、窓の外を見ながら)……まあ、そうなるかもな。お前が遠くに行って、向こうで新しい友達とか作っちゃったら、俺のことなんてすぐ忘れるだろ」
キララ:「(顔を上げて、少し怒ったように)そんなわけないじゃん! 私は、忘れるわけないよ!」
ミナト:「(少し低い声で)……分かんねーよ。遠距離なんて、大抵すぐ終わるって、部活の先輩も言ってたし」
ミナトの言葉が、トゲみたいに私の胸に刺さる。彼は不安なだけかもしれない。でも、今の私には、突き放されたみたいに聞こえてしまった。
キララ:「(立ち上がって、本を抱えて)……ミナトのバカ。私のこと、そんなに信用してなかったんだ」
ミナト:「(慌てて)あ、おい、待てよ! そういう意味じゃなくて――」
キララ:「(背中を向けたまま)……もういいよ。今日はもう帰るね」
私は逃げるように図書室を飛び出した。
後ろからミナトが呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、私は一度も振り返らなかった。
夕暮れの廊下を走りながら、私は自分の不器用さが嫌になった。
好きだからこそ離れたくないのに、好きだからこそ、お互いの「将来」が怖くてたまらなくなる。
私たちの距離が、初めて物理的な距離以上に離れてしまったような、そんな気がした放課後だった。
つづく
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