「おかわりっ!」
「あっ!お咲もっ!」
居間では、二代目とお咲が、朝餉の食べ比べ状態になっていた。
「はい、はい。でも……二代目さんはともかく、お咲ちゃんは、そろそろおしまいにした方がいいよ?」
月子は、大人顔負けの食べっぷりを見せるお咲を注意した。
「うん、そうだなぁー、ってーか、俺も、そろそろ終わりにするわ。月子ちゃんの飯が旨いからって、手を煩わせてもいけねぇし、それに、もうすぐ皆が来るから、早く片付けちまおう!」
「はい!お咲、片付けるっ!」
大柄な菊の花模様が描かれた子供用の半纏を羽織ったお咲は嬉しそうに、くるくる回っている。
二代目が、案の定というへきか、いつものごとくと言うべきか、月子とお咲の羽織ものを、古着屋から、どっさり買い込んで持って来たのだ。
「まったく、誰かさんは、よりにもよって月子ちゃんの目の前で、お咲を布団にひっぱりこんで!そんな暇あるなら、ちゃんと、着る物用意してやれよ!!まったく!」
「に、二代目!!朝餉を食べたら、古着市へ行く予定だった!!」
「予定だろっ!予定!!」
二代目の言われように岩崎も、必死に食ってかかるが、二代目も、引かなかった。
「え、えっと、京介さん?おかわりは?」
月子が見かねて、間に入り、
「あ、あの、二代目さん、いつもすみません。こんなにも沢山。お咲ちゃんの物まで……」
などと双方の機嫌を取ってみる。
「月子ちゃん、こんな、気の利かないおっさんに飽きたら、いつでも俺の所へ来なよ!今は、男爵家だ、演奏会だと、目が回ってる状態だからなっ、月子ちゃんは、真実が見えてないんだ。なんてーかー、そうだな、乗せられている状態だ。多分。いつか正気に戻るときが来る!」
「正気にって!二代目なぁ!!お前こそ、梅子を迎えに行くんじゃなかったのか?!」
岩崎が、いつぞやの芋羊羹を皆で食べた時、二代目が、男爵家の女中梅子と一緒になると言った事を持ち出した。
「そもそも!梅子一人を幸せにできず、月子を幸せにできるかっ!なにより、月子を幸せにするのは……」
茶碗片手に岩崎は、二代目へ啖呵を切るが、なぜか、途中で黙りこんでしまった。
「……月子、そのぉ……つ、月子は……」
「……は、はい。……京介……さん」
一拍置きつつ、岩崎が、しどろもどろになるが、月子も負けず劣らず、落ち着かなくなった。
「あーー!!なんだよぉーー!!この、初々しい空気ーー!!やってられねーよっ!!梅子ーー!!やっぱり、梅子で手を打つかっ!」
「それがいいっっ!!そーーしろっっ!!」
もじもじと照れていた岩崎は、ここぞとばかりに叫ぶと、キリリと二代目を見た。
「なんか、来てよかったのか?」
えっ?と、二代目と岩崎は、居間の入り口へ視線を移す。
中村が、ぽかんとしながら立っていた。
「玄関で声かけたんだけど、騒がしくて……呼ばれてたから来たけど……。勝手に上がらせてもらったぞ」
言い訳がましく、中村は言いつつ、どれどれと、お咲に近づいた。
「おっ!中村の兄さん!朝飯終わっちまったんだけど、よく来てくれたっ!」
二代目は、突然現れた中村に驚くこともなく、よし!と、やる気を出した。
「そのぉ、二代目がお咲の歌を見てくれって、花園咲子としてデビューさせるから、稽古をつけてくれって、昨日、下宿に押しかけて来て……。だけど、オレ、声楽科じゃないし、専攻は、バイオリンなんだけど……」
ここにいる経緯めいた事を中村は、渋々と語った。どうやら、あまり乗る気ではなさそうだ。
「あっ、中村さん!お食事用意できますよ!」
月子が、慌てて中村を見る。
「オレ、済ませて来たから、大丈夫だよ、月子ちゃん」
ははっと、苦笑う中村へ、岩崎が一言……。
「中村!学校はどうした!二代目に呼ばれた?しかも、お咲の稽古?」
「そう!岩崎!お前からも二代目へ言ってくれよ!」
そもそも、お咲が、何で花園咲子としてデビューなのかも分からないと、岩崎の独演会の話を知らない中村は、また二代目の思いつきだろうと呆れているようで、くだらない商売に巻き込むなと、ぶつぶつ言っている。
「くたらなくはないですよ!皆さんお揃いのようで!おお!あなたが、花園咲子の先生ですかっ!」
「オ、オレ?!先生?!」
誰も出てこないので上がらせてもらいましたと言いつつ、記者二人組とカメラマンが、中村へ羨望の眼差しを送っていた。
廊下に立つ一行からの、キラキラした視線に堪えられなくなった中村は岩崎へ助けを求める。
「あっ、こりゃ、こちらの先生はお食事中でしたか」
練習風景の撮影が出来ない、いや、今週末の打ち合わせが出来ないと、記者二人組──、沼田と野口が顔を付き合わせ、困っている。
「……今週末というのは?」
なんとなく嫌な予感がした岩崎は、二人へ問いただした。
その間に、月子は、食事の片付けに、お茶の用意にとこまめに動く。
お咲も、月子の手伝いをと、盆に皆の茶碗や皿を乗せて行くが……。
「あ!花園咲子!動かないっ!よけいなことはしないでよろしい!皿が割れて怪我でもしたら、デビューが台無しだ!」
野口が、慌てきった。
「あっ、どうやら、こちらの少女雑誌にデビューの特集を組むみたいで社内で盛上ったそうで……。うちは、あくまでも先生の独演会の前座、ってことで、花園咲子を推しますから」
沼田が、両社の事情を語ってくれる。
「なんだそれは?」
「……オレもさぁ、話についていけないんだけど、岩崎?」
「私もわからんっ!!」
勝手に話を勧めるなとばかりに、岩崎は、不機嫌になり、中村は、ますます、ぽかんとするばかり……。
そして──。
「ちょっとちらかってるけど、話は出来るだろ?今週末の段取りどこまで進んでんだい?」
「おお、田口屋さん、いたんですか!」
「花園劇場は押さえてくれてますよね!」
記者二人組と二代目という妙な組み合わせで、話が進もうとしている。
「おいっ!!君たち!!それに、二代目っ!!」
岩崎が、何を企んでいるのだと怒鳴った。
その、大声に、お咲はびっくりし、持っていた皿の乗った盆ごと腰を抜かして尻餅をつく。
ガチャンと耳ざわりな音がして、わーんとお咲の鳴き声が響き渡った。
「お咲ちゃん!大丈夫?!」
茶を運んで来た月子は、慌てて、茶器を隅に置くと、お咲に駆け寄った。
「お咲ちゃん、お皿は大丈夫だよ。びっくりしたね。どこか、ぶつけてない?」
お咲から、盆を受け取り月子は、それも、隅に置くと庇うようにお咲を抱きしめた。
泣きじゃくるお咲をしっかり抱きしめ、大丈夫、大丈夫と声をかけてやる月子の様子に、岩崎は、コホンと、気まずそうに咳払いをして皆を見た。
「とにかく、どういうことか、順番に話してくれ。中村まで現れて、こっちは、何が何だかわからん!」
言って、岩崎は月子を見た。
「あ、あの、怒鳴るのはやめてください……びっくりしますから……」
お咲をあやしながら、月子は、そっと意見した。
「す、すまん。怒鳴るつもりはなくてだな……」
「あーー!なんだよぉーー!!京さん!月子ちゃんの尻に敷かれてうらやましいじゃーーねぇーーか!!」
二代目が、歯軋りしている。
「お前は、梅子だろっ!!」
「え??梅子?!まだ、少女歌手がいる?!」
野口が、岩崎の一言に食い付き、沼田は首をひねっている。
そして、中村は、何故、自分がここにいるのか分からないと、この皆の騒ぎを眺めていた。
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