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「彼と一番仲のいい同僚って、誰だっけ?」
「新田よりも、3年先輩の立川ですけど……。彼が新人だった新田の面倒を見た関係で、プライベートでも交流があるのを、小耳に挟んだことがあります」
「新田くんが立川くんの奥さんを相手に、不倫している話は知ってる?」
「ま、さか。そんな――」
いきなり突きつけられた衝撃的な内容に、高橋の喉が瞬く間に干上がり、掠れた声で返事をしてしまった。
「クラッシャーのせいで、散々振り回されているところに、この話題を提供したら、この部署はどうなるかな」
気の利く新人と中堅を潰されたら、それこそ仕事が回らなくなってしまうことが、容易に想像ついた。不倫話を使って、自分を縛りつけようとする元上司に、意を決して口を開く。
「部下の不祥事を俺に暴露したということは、その件について目をつぶってやるから、黙って本社に来いという命令でしょうか」
「君、意外と思慮が浅いね。僕がこの情報を握っているということが、実はヒントなんだけどな」
見るからに傲慢な面構えをする、牧野の様子を目の当たりにして、嫌な予感が胸の中を支配していく。じわじわと高橋の躰を不安が囲みはじめ、動くことができなかった。
告げられた言葉の意味を吟味する余裕もなく、ただその場に立ちすくむ。
「さて問題。これは何でしょうか?」
言いながら牧野はスーツの胸ポケットから写真を2枚取り出し、高橋に見えるように目の前に差し出す。
「くっ!」
反論するセリフが、頭の中で流れているというのに、何か言おうとしても舌が上顎にくっ付いて、まったく声が出なかった。突きつけられた写真から目を逸らしたいのに、それすらもできずに、膝ががくがく震えはじめる。
青年を見上げながら、何かを話しかける高橋の姿と、ホテルと思しき建物の中へ並んで入って行くところが撮し出されていた。
「新田くんといい高橋くんといい、表向きはそんなことをしそうじゃないのに、そろって他人に糾弾されることに興じているとはね」
「なっ何のことでしょうか。知り合いとただ……一緒に歩いてる、だけの写真、ですよね」
吐息を漏らしながら、やっと言葉を口にする。冷たい汗が、全身からにじみ出るのを感じた。
あからさまに動揺している高橋を見ながら、牧野は持っている写真を見せびらかすように、ぴらぴら動かした。
「この写真だけじゃ、証拠にならないと言っているのか。へえ……」
「本当に彼は知り合いです。そんな写真を撮られる、意味がわかりません」
焦りながらも、多少の落ち着きを取り戻した高橋は、演技じみた動きで肩を竦めた。ポーカーフェイスで取り繕えない牧野とのやり取りに、見えない恐怖をひしひしと肌で感じ続ける。
「同性同士だと、そういう言い逃れができちゃうんだから、カモフラージュするには、うってつけの相手ということだろうけど。それを想定した上で、僕が次の手を打っていたらどうする?」
「想定……」
仕事でもまったくミスせずに、部署の成績を上げていた牧野の手腕を思い出し、どんなものを用意しているかを考えただけで、頭痛がしてきた。
「ラブホに盗聴器を仕掛ける、一部のマニアがいることを知っているか?」
「まさか――」
「僕が自分の手で、高橋くんの持ち物に盗聴器を仕掛けるという苦労を、わざわざしなくて済むんだ。だけどここからが難題でね、君がいる部屋に仕掛けられた盗聴器の周波数を合わせるのが、結構大変なんだよ」
(牧野がいる本社とここは、距離がかなり離れている。部下一人の行動を見張るのに、プロを雇ったんだろう)
「ご自分の手を汚さず、俺をストーカーしていたというのに、その言い草の意図は何でしょうね?」
「あ、バレちゃった。さすがは高橋くん、僕に脅されている立場なのに、強気でいられるその態度は、普段から脅し慣れているせいか?」
悪びれる素振りをまったく見せずに、微笑み続ける牧野を、高橋は黙ったまま睨みつけた。
「ふーん、なるほどね。職場で見せる人の良さそうな姿の裏側は、そういう顔をしているということなんだ。君、随分と相手の若い男をいたぶっているよな。止めてくれって言ってるのに、笑いながら相当酷いプレイを楽しんでいるみたいだし」
怒りで口を噤んでいる部下を見下ろしながら、流暢に告げられる言葉の内容を、高橋は感情を押し殺して冷静に吟味する。
これがネットなら、送られてきた文章を時間をかけて何度も読み解き、相手の心の内を解剖できていた。