コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「まっ、急いだ方がよかろうという話だな」
「守近様、やはり、今宵辺りに?」
晴康《はるやす》が言う。
「あらまあ、恐ろしいこと!都に、まだ、押込み強盗がいたなんて!」
徳子《なりこ》が、ぐっと、守近の袖を掴んだ。
「……何のお話ですか?」
守恵子《もりえこ》が、守近の胸元から、伺っている。
「……やはり、時間が、無さそうですね。童子検非違使、出動ですか。特に、上野様、いえ、紗奈姉《さなねぇ》様の人脈で、決まるかと……」
晴康は、何か思案顔で、呟いた。
常春《つねはる》は、気付く。
こうして、友、晴康が、思案する時は、余程の事が、起こりえる。
例えば、余年前に襲った水害時も、暦と、月を見比べ、何日も、考え込んでいた。どうしたと問う、常春に、晴康は、今と、同じように、少し眉間にシワを寄せ、消え入るような声で、言ったのだ。「水害が、起こる」と。
都は、日照り続きで、言ったところで、誰も信じないだろう。これは、人災になると、晴康は、己の力の無さを悔いていた。
わかっていながら、自分は、何も出来ないのだ──と。
今、晴康は、その時と同じ顔つきで、困惑している。そして、徳子の言った、押込み強盗とは──。
「近《ちか》ちゃん、守《もり》ちゃんの手をしっかり繋いで、紗奈姉様《さなねえさま》の言うことを聞くのですよ!よろしいですね!」
常春に真顔で迫られ、守満《もりみつ》は、思う。我らは、都を守る、童子検非違使《どうじけびいし》なのだと。
「あい!!長良《ながら》兄様!!」
守満は、しっかり答えた。
「い、いや、兄様も、守満様も、ごっこ遊びされている場合では、ないでしょう……」
上野は、兄の真剣さに戸惑いを隠せない。
先程より、響きの悪い、恐ろしげな言葉が飛び交っているのに、一番、冷静な兄が、近ちゃん、守ちゃん、とは。
「……では、屋敷を至急、警備しなくてはならないのですか?」
守恵子が、怯えながらも、しっかりした口調で言うと、守近を見た。
「なんと、聡明な姫君でしょう!そうだよ、守恵子、恐がっていてはいけないんだ。しかし、単なる勘違い、で、終わるかも知れないけどね。いや、そうあって欲しいと、父は思うよ」
「ならば!!父上!!」
守恵子が、守近の懐をぐっと握り、声を上げた。
「タマを、抱いてやってください!!!」
はあぁーーー??
緊張極まっていた皆から、一気に力が抜けた。
そこへ、グピーーーと、タマのイビキが、響く。鼻ちょうちんを出しながら、ぐーすか、タマは寝入っていた。
「……守恵子、あ、あれを、父が、抱くのかい?」
どことなく、守光の声は、裏返っている。
「はい!タマも、正気に戻して、虎にするのです!ふらち者が、やって来たら、ガブリと!守恵子も、応戦いたします!」
「なるほど、頼もしい話しだね。そうか、タマも、実は、使えるんだった」
「まあまあ、タマも、立派な番犬になったのですね。良かったこと」
徳子《なりこ》が、鈴を転がしたような声で、笑った。
「まあ、その、一家団欒は、良いことですが、事は、かなり、急ぐことでして……」
相変わらず、思案顔の晴康は、口重く言うと、上野の手を取った。
「な、なんですか、晴康殿!!」
「立てますか!上野様、鍾馗《しょうき》殿の所へ、参りますよ!常春も一緒に!」
呼ばれた常春は、頷き、妹を見る。
「紗奈、歩けるか?」
「なんとか、大丈夫そうです。兄様」
「守満様は、守近様から子細をお聞きください。えっと、タマは、適当に」
晴康は、有無を言わせぬ勢いで、皆に、指示を送った。