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女子会が終わったら電話をするようにと、メッセージを送っておいた。ちゃんと電話してくれるかわからなかったから、夕方からは女子会のホテル近くまで行って、そのことをメッセージで送っておいた。
ルールなんてクソくらえだ!
あきらに届いた勇太からのメッセージは、俺の逆鱗に触れた。
俺は温厚な人間だ。
もめ事も嫌いだし、あまりストレスも抱えない。
が、あきらのことは別だ。
俺は、大学の頃からあきらが勇太をどれだけ好きだったか見ている。そりゃ、もう、記憶喪失にでもなってあきらを好きな気持ちを捨ててしまえたらどんなに楽かと思うくらい、俺の割り込む隙間なんてなかった。
だから、俺は気持ちを伝えなかったし、友達としてでもそばにいられたらと思うようになっていた。
就職して、連絡を取ることもなくなって、告白されて付き合ったりもした。仕事も充実していたし、あきらを思い出さなくなっていたのも、事実。
このまま、忘れられると思った。
けれど、大和さんからさなえとの結婚報告を受けた時、真っ先に思ったのは、あきらに会える喜びだった。
三年振りに会ったあきらは大人の女になっていて、初めて見た時は腰まで、大学では肩まであった髪を結い上げていて、うなじの色っぽさにドキドキした。
結婚式だから当たり前だけれど、ラフな格好ばかりしていたあきらのドレス姿も綺麗だった。
それから、たまに集まるようになって、俺はまた、あきらを好きになった。
けれど、あきらは勇太との付き合いが続いていたし、みんなから『次はあきら?』と聞かれて否定もしなかったから、またも俺は気持ちを押し殺した。
それから一年ほどして、あきらが入院していると知ったのは本当に偶然だった。
健康診断で行った病院で、入院患者用のパジャマを着たあきらを見かけた。スッピンで顔色が悪かったけれど、間違いなくあきらだった。
ゆっくりと歩き、時折腹を押さえていた。
何の病気かと心配になり、声をかけてみようかと思った時、彼女が婦人科病棟に向かっているのだとわかった。
心配になった。
堪らなく心配した。
だから、あきらのアパートを訪ねるようになった。
いつ退院かわからなくて、毎日通い、部屋の電気がついているかを確認した。部屋に電気が灯った三日後。俺は意を決してインターホンを鳴らした。
入院した理由は聞かなかった。
婦人科の病気なんて男には言いたくないだろうし、話したければ話してくれるだろうと思った。
半ば無理矢理に押しかけて、一緒に飯を食った。
二週間後。
再びあきらが入院した。
今度は、本人から知らせを受けた。
俺が訪ねて、留守が続いたら心配すると思ったらしい。
理由はわからなかった。
けれど、退院するから迎えに来て欲しい、と頼まれて、俺は迷わず有給届を出した。
俺は温かいうどんを作り、あきらと二人で食べた。
うどんをすすりながら、あきらは泣いた。食べ終わっても涙は止まらず、俺は彼女を抱き締めた。
あきらが泣き疲れて眠っても、抱き締めていた。
翌朝。
あきらが全てを話してくれた。
妊娠の事、病気の事、手術の事。そして、勇太と別れたこと。
生まれて初めて、本気で、殺意を持った。
あの時、あきらを抱き締めていなかったら、勇太を殺しに行っていただろう。
その日から、俺は仕事帰りにあきらの家に行き、一緒に食事をしたり、出来ない時は電話をした。とにかく、あきらが一人で不安や悲嘆にくれるなんてさせたくなかった。
一か月ほどして、あきらが髪を切った。
腰まであった髪を、バッサリとショートカットに。
「すげー似合うな」
俺がそう言うと、あきらが笑った。
数か月振りに見た、あきらの笑顔。嬉しかった。
諦められないと思った。
「勇太に彼女が出来たんだって」
「は――?」
「それ聞いたら、勇太が好きだからって伸ばしてた髪が煩わしくなっちゃって……」
無理に笑うあきらは、今にも泣きそうだった。
もう、泣いて欲しくなかった。
勇太の事なんか、さっさと忘れさせたかった。
それはこじつけかもしれない。
でも、そう思ったのは確か。
とにかく、俺は、あきらにキスをした。
驚いて目を見開く彼女の気持ちは置き去りにして、何度もキスをした。無理やり唇をこじ開けて舌をねじ込み、勇太のことなんか考える隙も与えないほど激しいキスをした。
今となったら、あきらの気持ちを無視してあんなことをして、嫌われていたらどうしたんだと思うけれど、あの時は無我夢中だった。
唇がヒリヒリするほどキスをして、抱き合って眠った。
俺はあきらの家に通うのも、キスをするのもやめなかった。あきらも嫌がらなかった。
セックスを求めたのは、あきらだった。
キスして抱き合う度に、俺が反応していたのは知っていたろうから、許されたら飛びつくのはわかっていたと思う。
「セックスしても、恋人にはなれない」
あきらはそう言ったけど、俺は気にしなかった。
一緒にいて、身体を重ねていれば、いつか気持ちも許してくれると思ったから。
俺への罪悪感からか、あきらは恋愛に積極的になった。投げやりにも見えたけれど、俺にあきらを手放すという選択肢はなかったから、彼女の決めたルールに従った。
『どちらかに恋人がいる間は、他人』
俺に期待を持たせたくないようだったから、彼女がいると嘘をついていた時期もあった。
あきらが他の男と付き合っているのは嫌だったけれど、誰と付き合っても長くは続かなかったし、別れる度に俺が押しかけるのを嫌がるようでもなかった。
そんな不毛な関係も四年が過ぎ、俺は恋人がいる振りをするのにも疲れていた。
どこからどう見てもあきらだって俺を好きなのに、決して認めない。その頑なさに、うんざりしていた。
だから、認めさせることにした。
全力で、口説くことにした。
「谷さん?」
呼ばれて我に返り、振り向くと、女性が立っていた。誰だか、わからない。
「坂上です」
名乗られて、ようやくわかった。
「あ! こんにちは。すみません。いつもとは印象が違うのでわかりませんでした」
「気にしないでください」
わからないはずだ。
俺が知っている坂上さんは、白いシャツに黒のパンツ、黒いカフェエプロンをしていて、髪は結んでいる。化粧も濃くない。
それが、薄いピンクのブラウスに細身のデニム、解いた髪はパーマをかけているのかクルクルしている。瞼も唇もキラキラ、テカテカしていた。
「おひとりですか?」
「え?」
「少し前から気づいていたんですけど、誰かと一緒のようには見えなかったので」
目の前にある展示用のタブレットが表示している時刻を見て、かれこれ三十分もその場にいたのだと気が付いた。
「お時間があったら、お茶でもしませんか?」
「え?」
意外な申し出だった。
「前からお話してみたいと思ってたんです」
これは、口説かれている?
坂上さんは俺が担当しているカフェチェーンの店員で、俺の会社が近いからよく打ち合わせの場所になる。
ただ、それだけ。
「谷さん、O大学出身ですよね?」
「え? ……はい」
「私も、です」
「え? あ、そうなんですか?」
「はい。一年だけでしたけど、大学での谷さんを見ていました」
ということは、彼女は三つ下?
それよりも、『見ていた』とは?
フロアの中央、エスカレーター付近に目がいった。
あきらだ。
パソコン売り場にいることは、メッセしておいた。
あきらからのメッセには気づかなかったけれど、女子会が終わったのだろう。
「谷さん?」
「すみません。人を待ってるんです」
「そう……ですか」
残念そうに微笑んだ彼女の表情で、確信した。自惚れじゃなさそうだ。
「あの! じゃあ……、今度、食事でもしませんか?」
坂上さんに好意を持たれている。
仕事関係の人と、仕事以上に関わりを持つのは、避けたい。けれど、断るにも態度や言葉には気を遣う。これからも会うことがあるから。
それより、なにより、あきらに気付かれる前に、彼女と離れたい。
「あの、坂上さん――」