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刹那、世界が鳴動した。
足元の地面が泥濘から、粘り気のある琥珀色の液体へと変質し始める。
私の警告は、霧に溶けるより早かった。
「───ッ!?」
突然、胃の底を持ち上げられるような強烈な浮遊感に襲われた。
視界がぐにゃりと歪み、重力の紐が断ち切られたように足元が消失する。
泥濘を踏んでいたはずの私の足は、今は何もない虚空を蹴っていた。
「わわわっ! 何、これ!? どっちが上なの!?」
ダイキリの悲鳴が聞こえるが、その声がどこから響いているのかさえ分からない。
見上げれば、いや、そこは「下」だったのかもしれない。
スラムの腐った地面が頭上に広がり、逆さまになったコロナリータが、重力を無視して天井からこちらを覗き込んでいた。
「ふふっ、どうですか? あたしの魔法──『倒錯する聖杯《エンドレス・コロニータ》』。この中では、右は左、上は下。皆さんの『感覚』は、グラスに突き刺した小瓶のように、全部逆さまになっちゃうんです」
コロナリータのユニーク魔法。
アルベルトの推測は、最悪の形で的中した。
「……くっ」
アルベルトが空中で体勢を立て直そうとするが
右へ動こうとすれば身体は左へ流れ、踏み込もうとすれば後退する。
戦いの天才であろう彼でさえ、脳が処理する情報と肉体の挙動が完全に乖離し
まるで生まれたての小鹿のように不格好に手足を動かすことしかできていない。
「エカテリーナ、危ない!」
アルベルトの叫び。
直後、逆さまの地面から、巨大な氷の礫が降り注いできた。
……いや、違う。下から上へ突き上げてきているのだ。
「しまっ……!」
回避しようと右へ飛ぶイメージを描く。
だが、私の身体は左へと無様に転がった。
頬を鋭い氷の角がかすめ、熱い血が流れる感覚がする。
けれど、その痛みさえもどこか遠く、「痛み」という感覚が脳に届くルートさえも歪められているのが分かった。
「あはは! ほらほら、踊ってください! 逆さまのマヌケさんたち!」
コロナリータが指を鳴らす。
すると、霧の中から関節があらぬ方向に曲がり、首も180度回転した「死体」たちが這い出してきた。
彼らはこの狂った法則に馴染んでいるのか
四足歩行の獣のように壁や天井を縦横無尽に駆け巡り、私たちを包囲する。
「……冗談じゃないわ。こんなところ、すぐに抜け出すわよ、アルベルト、ダイキリ!」
私は必死に吐き気を堪え、逆さまになった空に向かって手を伸ばした。
指先を動かす方向さえ混乱する中、私は無理やり魔力を練り上げる。
「来なさい……『死体操作《デッドリー・マリオネット》』!!」
私は迫り来る死体たち目掛けて術式を繰り出す。