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あたたかな陽光が差し込むバックヤード。ドレープカーテンが空調に揺れ、優しい影を作り出している。
その光の中で、私は深淵の衝動に取り憑かれていた。スマートフォンの黒い画面に醜い顔が映る。指をスライドさせ、インスタグラムを開いた。@Forbidden_Glow_2026でログイン。青い花一輪に、#佐々川財閥#佐々川財閥の闇#妊娠#甥と叔母の禁断の恋、とハッシュタグを付けて投稿した。コメントが次々寄せられ、その事実は瞬く間に拡散してゆく。
これで、麻里奈さんの妊娠が週刊誌の誌面を飾り、ワイドショーではコメンテーターが白熱した談義を交わすだろう。崩れ始めたドミノはもう止められない。これでまた1つ、奪い返した。でもこれで満足じゃない。まだ終わらない。
そこでドアが軽やかな音でノックされた。私はスマートフォンの電源を切り、深呼吸をして鍵を開けた。そこには倉橋が小さな拍手をしながら青い花束を抱えて微笑んでいた。その柔らかな空気に包まれた私は肩の力が抜けるのを感じ、安堵の息を吐く。
「素晴らしいステージだった」
倉橋の声は穏やかで、低く響く。彼はゆっくり近づき、私の肩にそっと手を置いた。その温もりが、ステージの……そして禍々しい緊張を溶かすように広がる。彼の胸に額を寄せると、シャツ越しに伝わる心臓の音が、私の乱れた鼓動をゆっくり整えてくれる。
「……ありがとう」
倉橋は静かに頷き、私の髪を優しく撫でた。言葉は少なく、ただその仕草が、私の心を包む。
「君の光は、もう誰にも消せない」
私はゆっくり顔を上げ、彼の瞳を見た。凪のような穏やかさの中に、確かな強さが宿っている。
「これから、どうする?」
倉橋が静かに訊いた。私は微笑んだ。首元のサファイアが、陽光に反射して青く輝く。
「新しいデザインを描き続けるわ。傷も、闇も、すべてを光に変えて」
彼は小さく笑い、私の額に軽く唇を寄せた。
「なら、俺も傍で見守らせてくれ。Rencontreで、またワインを。君の話を、ゆっくり聞かせて」
私は頷き、彼の胸に再び寄りかかった。バックヤードの空気が、優しく二人を包む。
その時、複数の足音が乱れ、ドアの向こうが騒がしくなった。警備員の厳しい声が廊下に響き渡る。ドアを激しく叩く音、拓也の声がする。
「悪かった!許してくれ!瑞穂、お前がいないと駄目なんだ!」
悲痛な叫びと嗚咽が、厚いドア越しに伝わってきた。倉橋がドアノブに手をかけ私を庇ったが、それを制しドアノブを握った。鍵を開ける感触と同時に、拓也がバックヤードに倒れ込んで来た。
「瑞穂!離婚、離婚届はまだ出していないんだろう!?」
私は冷ややかに答えた。
「残念ね、昨日手続きを済ませたわ」
私は床に這いつくばった拓也を見下ろした。1日で十日も老け込んだような顔は、絶望に塗れ、涙が頰を伝って床に落ちる。バックヤードの柔らかな陽光が、彼の震える肩を冷たく照らす。
拓也の震える指が、私の裾を掴もうとして虚空を切る。その瞬間、かつての優しい笑顔が脳裏をよぎった。胸に小さな痛みが走る。でも、それはもう、恨みではなく、ただの遠い記憶の残響。
「……おめでとう。これであなたは自由よ」
「瑞穂……」
「だけど離婚届を出したのはあなたのためじゃない。私が幸せになるために自分で決めたことよ」
声は静かだった。優しく、でも冷ややかではなく、どこか哀れむように。彼の嗚咽が、初めて私の心を揺らさなかった。代わりに、静かな解放感が広がる。私はもう、誰かの影に縛られない。
そこで拓也が床に這いつくばりながら、掠れた声で呟いた。
「俺は……麻里奈が怖かった……」
「怖い?」
「失うことが……だから拒めなかった」
拓也が実は麻里奈に依存していた弱さ、自分が一番傷つきたくない臆病さを持っていたことが暴かれた瞬間だった。
「瑞穂……俺は……麻里奈とは……」
言葉は途切れ、嗚咽だけが残った。倉橋が私の背後に立ち、静かに手を肩に置く。その温もりが、私の震えを止めた。
「もう、終わったわ。私の名前は、井浦瑞穂よ」
私はゆっくりと踵を返した。拓也の嗚咽が背中に追いかけてくるが、振り返らない。ドアの向こうで、警備員の声が響く。「出て行ってください!」拓也は引きずられるように連れ出され、廊下に悲痛な叫びが遠ざかる。
「瑞穂ぉ……!」
私はバックヤードの椅子に腰を下ろした。倉橋がそっと隣に座り、コーヒーカップを差し出す。カップの温もりが指先に染みる。同じ温度で、彼の指先が私の手を包む。
「これで……静かになったわね」
倉橋は静かに微笑んだ。私はカップを口に運び、苦みを味わった。
「もう一度聞くよ……これから、どうする?」
彼の声に、私は微笑んだ。
「新しいデザインを描き続ける……あなたと……一緒に」
私は倉橋コーポレーションジュエリー部門の専属デザイナーに抜擢された。倉橋は目を細め、頷いた。
「約束だ」
彼の瞳に映る私は、もう砕けたガラスではなく、静かに輝く宝石だった。陽光がサファイアを青く照らし、二人の影を優しく重ねる。
私は『Reborn Eternal――永遠の再生』のリングを指に嵌め、降り注ぐ光に翳した。ひび割れていたサファイアは、もう痛まない。ただ、静かに、強く、青く輝く。その光が、私の傷跡を優しく撫でるように広がる。バックヤードの空気が、柔らかな陽光とともに二人を包む。
外では拍手がまだ続き、『Broken Vows』がショーケースで輝いている。
私は泣かなかった、叫ばなかった。私の永遠は、ここから始まる。誰にも縛られず、誰にも奪われず。私の幸せは、もう誰にも渡さない。