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彼は、ある日突然、私が完全にその存在を忘れた頃にふとやって来た。
「嫁に貰いに来たぞ!」
神の国にある私の住居の庭先で、大きな角が邪魔くさそうな図体のデカイ男が、勝手に侵入して来たクセに偉そうな態度で腕を組んでふんぞり返っている。しかもいきなり意味不明な戯言をぬかすとか、巫山戯るのも大概にして欲しいものだ。
「……すまない、私にはもう心に決めた者が」
即座に首を横に振り、速攻で男からの求婚を断る。とうの昔に亡くなった“彼の者”への愛を永遠に抱える決意をしている私に求愛なんぞ、馬鹿そのものだとしか思えない。—— だが男は「お前を、じゃない!」とキレ気味に怒鳴った。
「オレの嫁は何処だ?あれから随分経つからな、もう充分育っただろう。お前に似ず、心美しい美丈夫になったと推察しているのだが、一体アレは何処で遊んでいるんだ?」
キョロキョロと周囲を見渡し、男がそそくさと“誰か”を探し始める。
「『こんな男にはやらん!』って心境で、あの子を隠すのは駄目よぉ?まぁ気持ちはわかるけども」
「そうだそうだ!隠しても無駄だぞ、さぁボクのお嫁さんを出してもらおうか!」
角のある男と共にやって来ていた二人の青年も、何やら可笑しな事を言い始めた。
白衣を纏った鱗肌の美男子と、ふわふわとした髪と羊っぽい巻き角が愛らしい者も、大きな角のある男と同じ様に周辺を勝手に探索し始める。こちらの二人はまだ若いのか脆弱だが、この三名共、私と同じく神族の者っぽい。
(だが……彼らはホント、誰だったろうか?)
随分と長く生きてはきたが、まだまだ耄碌したつもりはなかったので思い出せない事で少し焦りが生まれる。
「……えっと、私の敷地内で、一体誰を探しているんだい?君達は」
流石に、結界だらけの屋敷の中にまでは入って来ないが、庭の方はガサガサと音を立てながらあちこちを覗いて見ている。木の上に登ったり、屋根の上を探したり、屋敷の床下を覗いたりなんかもしていて、段々と『君等の言う“嫁”は、そんな場所に居そうな子なのかい⁉︎』と訊きたい気分になってきた。
「おい、竜斗は何処だ?まだ家に戻らないのか?」
「一体何処まで出掛けたのかしらん、この周辺から残り香すらもしないけど」
「やっとお迎えに来れたんだし、戻るまで待たせてもらおうかなぁ」
——と、発言内容はバラバラだったが、三人が仲良く同じタイミングでそう言った。
(あぁ、彼等は竜斗を探していたのか。そうかそうか)
ひとまず納得し、一向に名乗らない無礼を大人の堪能さで受け流す。……つ・も・り・だったのだが、憩いの時間を邪魔された恨みは晴らしておきたい。
「竜斗なら死んだよ?」
さらっと笑顔でそう言うと、三人は目を見開いたまま黙ってくれた。
「——と言うわけだから、ご退場願おうか。私も暇ではないからね」
休憩のつもりで座っていた縁側から立ち上がり、湯呑みをその場に残したまま屋敷の中へ戻ろうとする。すると角のある男が、「ちょっと待て!オウガ、どういう事だ?……竜斗が、死んだ、だと?オレは全く聞いていないぞ!」と叫び、激昂し始めた。
私の名を短く呼ぶ者は数少ない。そんな無礼を許せる者なんぞ神格の近い奴か息子だけだ。 最近だと、焔くらいなものだったが——
記憶を遡り、じっと男の姿を観察する。
(龍っぽいご大層な角、筋肉質な巨体、長い黒髪……あぁ!彼は、ケイジュノミコトか!)
やっと男の正体を思い出した。竜斗の名付け親を名乗る龍神だ。そういえば昔からよく『竜斗を嫁に』と冗談を言っていたな。
「死んだのはもう何百年も前の話だよ?君は、誰からも聞いていないのかい?」
「あぁ、そんな報告は一切無かった……。死んだって……半神半人ながらもアレだって神の子だぞ?そう簡単に死ぬなんて事は……」
端正な顔が真っ青になり、深く項垂れ、黒い髪が顔の前に落ちて一切の表情が隠れる。相当な落ち込み様だが——
「『竜斗を嫁に、嫁に』と言っていた割には、随分と長い事放置していたんだねぇ。本当に好きなら、もっと早く顔を見せに来るものだと思うけど」
私がそう言うと、ケイジュノミコトは「うっ!」と叫び、膝から崩れ落ちた。 彼と共に来ていた二人も相当な凹みようで、今にも倒れそうな顔色になっている。
「ところでえっと、ケイジュのお連れの二人はどなただろうか?」
「知らん」
「んんんっ?君は、見ず知らずの者を私の屋敷に連れて来たのかい⁉︎しかも、彼等も『竜斗を嫁に』と言っているのに?」
「勝負もせぬまま一蹴するのも礼儀に反するからな。共に求婚し、竜斗本人にオレが選ばれる様子を見れば此奴等も納得するだろうと思い、この付近をうろうろしていたから連れて来た」
(……無駄にすごい自信だな)
竜斗には幼少期から心に決めた相手がいるのだから無駄なのに。しかも嫁発言は冗談ではなかったのか。私と並び立つ程に神格の高い君の発言だし、わざわざ人の血の入る竜斗を選ぶはずがないと思っていたから、親子揃って受け流していたよ。
「くそっ!この所、長い事ずっと忙しかったからな、完全に油断していた!」
そう言って、ケイジュノミコトが悔しそうに地面を叩く。
本当に物凄く忙しかったから主人にちゃんと働いて欲しくって、お付きの者達も竜斗の件を教えなかったのだろうなぁ……と色々察した。
「そんな……やっと神格を得られて、コレで助けてもらった恩を返せると思ったのに!ワタシの嫁という、最高の褒美まで用意したっていうのに、もう死んだとか、全然納得出来ないわ!」
「——うぐっ!全くもって以下同文としか言えない様な事を言わないで下さいよ!ムカつくなぁ!」
白蛇と羊っぽい者もギャーギャーと騒いでいる。
『神の嫁』の立場が『褒美』とか、時代錯誤だよ?まぁ……私も過去に“彼の者”にソレと近い事をやってしまった身なので、何かを言える立場ではないけれども。
七尾の尻尾をゆらりと揺らし、遠い目をしながら、『……さて、コイツらをどうしようか』と思っていると、廊下の奥から日本人形の姿をした一体の付喪神がこちらの方へてくてくと歩いて来た。
『オウガノミコト様、片付けが終わりました。今世代の“竜斗”様の持ち物は、此度も全て実家から回収し、いつもの倉庫に収めてあります』
「そうか、ありがとう。何か使えそうな物は荷物の中にあったかい?」
『こちらなどは如何でしょうか?』と言って、彼が私に対して分厚いファイルをスッと差し出してくる。
「どれどれ?」
彼から受け取り、ファイルを開いて中身を見る。息子の私物を勝手に見るのは悪いかもとは思ったが、今回ばかりは許して欲しい。
受け取った物の中身にざっくりと簡単に目を通す。ファイルの中には様々な風景画や建物のデザイン、ちょっとした物語やオリジナルの神話、色々なキャラクター達が描かれたページがあったり、何かの設定などがそれなりにざっくりと書かれた紙が綺麗に整頓されて収まっていた。どうやらこれは何かの企画書っぽい。今回の“竜斗”はゲームプログラマーという職に就いていたので、きっとその関係の物か、もしくは趣味の品だろう。
「あぁ、これは使えるね。ありがとう」
功績に対し礼を言うと、深々と一礼して付喪神が去って行く。手を振って、きちんと最後まで彼の姿を見送ると、私はケイジュノミコト達にある提案を持ち掛けてみる事にした。
「ねぇねぇ三人とも。君達は本気で、ウチの息子を嫁に欲しいのかい?」
「「「当然だろう!」」」
今回は三人の返答が綺麗に被った。
「じゃあ、私と賭けをしようか」
「……お前は本当に好きだな、賭け事が」
ケイジュノミコトが呆れた様な溜息を吐き、視界を邪魔していた長い黒髪をかきあげた。
「あぁ。だって遊び心があった方が何事も楽しいだろう?特に今回は神々が相手だ。私が絶対に勝てる勝負じゃないから、とても楽しめる気がするんだ」
ニコッと笑ってみせたが、三人が揃って胡散臭いモノでも見るかの様な視線をこちらに投げかけてくる。私が狐だからか、どうやら簡単には信用出来ないみたいだ。
「やるの?やらないの?」
「……話を、聞いてから判断するわ」
「ボクも」
「オレも、そうだな」
焔とは違って彼等は慎重派だなぁと思ったが、よくよく考えると、『焔の場合は立場上断れないだけか』とすぐに気が付いた。
「実はね、竜斗は『死んだ』と言ったけど、あの子の魂はちゃんと残っているんだ」
私のこの発言で、三人の顔色が一気に元に戻った。興味津々といった様子で、邪魔する事なく話の続きまで待ってくれる。
「ちょっと複雑な事情があってね。本来の肉体は砕けてしまってもう存在しないのだけど、ここ最近は『人間』として何度も転生を繰り返している。先日まではちゃんと人間の生活を営んでいたんだけど……ソレもちょっと、事故的なものによって死亡しちゃったんだよね」
保護していた鬼の“紅焔”に“竜斗”の半神半人の肉体を破壊され、人間として転生を繰り返していた竜斗もまた、“焔”と呼び名の変わった“紅焔”がきっかけで事故死した事は意地でも伏せる。あの子達独自の関係性も知らぬまま、怒り狂って焔に手出しなんかされたくないからだ。
あのまま竜斗が生きていれば息子の嫁になったであろう紅焔は、私の子供も同然だ。“焔”という仮名を授けたのは私だし、ここまで預かって育てた事で培った絆だって……多分ある。守らねば、彼を。
(ついでに私の平穏な時間も!)
「今まではずっと、“とある器”の中で次の体が用意出来るまで眠ってもらっていたんだけどね、もういい加減ボロボロだった魂も回復してきて、小さな器には収まりきらなくなってきたんだ。それに、ただ眠らせておくだなんて教育上的にもよろしくないだろう?可愛い子には、旅をさせろって言うしね」
「まぁ、そうね」
「経験は大事だもんね、わかるよぉ」
「そこで、だ。コレを使って竜斗に“旅”をさせようかと思うんだ」と言い、先程手に入れた企画書をサッと持ち上げた。
「何なんだ?ソレは」
ケイジュノミコトがファイルを指差し、不思議そうな顔をする。守備範囲の全域を守る一辺倒で、人間達の生活自体にはあまり興味の無い彼には、“ファイル”という物自体何かわかっていないみたいだ。
「竜斗の書いた、“企画書”ってやつだよ」
「「「……」」」
聞いても『さっぱりわからん!』と思っているのが丸わかりの顔で三人が黙った。
「今から私は、コレを元にして竜斗の魂を送り出す新たな空間を創る。最近で言うところの……えっと、あぁ、あれだ。『異世界』ってやつを!」
ビシッとかっこよく言えたと思ったのに、残念ながら三人はキョトン顔だ。そんな彼等を無視しつつ、私は一人で話を続けた。
「新しい世界で竜斗には色々な経験をしてもらおうと思うんだ。でも全く知らない場所は不安だろうし、企画書があれば、竜斗も安心出来る世界に出来そうで良かったよ」と言いつつ、準備 を進める。
(我ながら過保護かもだけど、竜斗は早くに肉体を失ったせいで色々と経験不足だからね、このくらいはしてもいいだろう)
「そこで、君達もこれから創る世界に行って、それぞれが、竜斗本人に選んでもらえるか試してみないかい?あ、もちろん記憶は無しだよ。今のあの子は人間として生きてきた数十年とちょっとの分しか経験の無い、ほぼ真っさらな状態だ。君等だけ一方的に竜斗を知っているなんて、公平じゃないからね」
「悪い提案ではないが、オレだって暇では……」と、渋い顔をするケイジュノミコトの顔を無遠慮に指差す。
「本体に『行け』だなんて、流石に言う訳がないじゃないか。分身くらい簡単に用意出来るだろう?ケイジュ程の龍神なら」
「あぁ、それもそうか」
「あまり遊びがない君は、その程度も思い浮かばなかったかぁ」
「——あぁっ⁉︎」
ちょっと茶化しただけなのに、ヤクザかな?ってくらいの顔でケイジュノミコトに睨まれてしまった。
「まぁとにかく、だ。向こうでの時間の流れは竜斗の体感時間で変わるから、ゆっくりだったり早くなったり色々だけど、その辺は臨機応変にね」
「わかったわぁ。そういうのは得意だから平気よ」
「記憶無しスタートとかちょっと不安だけど、まぁ…… この状況だと、やるしかないよね!」
白蛇と羊君はやる気の様だ。
「記憶を失っていようが、異世界で竜斗を見付けだし、再び愛し愛されてみせろという訳か……ははっ!面白いじゃないか」
「あー……うん。大体そんな感じ!」とケイジュノミコトへ元気に返す。『 竜斗は一度も君達を愛してはいないと思うけどね!』と思う気持ちは笑顔で隠した。
「いいだろう、その賭けのった!」
今まで見た事も無い楽しそうな顔でケイジュノミコトが言い切った。よし、コレで契約成立だ。
「“異世界”で誰が恋仲に選ばれようが、竜斗が選んだのなら、私は心からお祝いしよう。でも——」
一旦間を置き、三人を見据える。ここからが最も大事な事だ、はっきりしっかりと伝えねば。
「竜斗が誰を選ぼうが、お互いに恨みっこなしで、ね」
三人がお互いの顔を見合い、こくりと頷く。
互いが互いの心配しかしていないが……まぁ、その方が都合はいいか。
「さぁ、早速用意をして!——冒険の始まりだよ!」
“竜斗”の企画書を元に創った世界の事は、私は一切の手出しをしない事を決め、その代わりにあの子へ“管理者”として権限を与えた。好きに創りあげ、自分にとって快適な空間にして欲しいという思いからだ。
世界自体は基本的に企画書に描かれていた通りに育つ様にしたが、あの世界に生まれた者達がどう動くかで無数の選択肢が生じる。そのおかげでこの先きっと、竜斗は色々な経験を積めるだろう。
……だが、予想外にも“竜斗”は“リアン”のいう名前の魔王として魔族達に祭り上げられ、軟禁状態になり、毎日毎日変わらない日々を送る事に。
ケイジュノミコトは“ケイト”と名を変え、初めは人間達の勢力で獣人達を集めた軍隊のリーダーとして活躍していたのだが、内偵任務で向かった魔王の城で竜斗に一目惚れしてあっさりと寝返り、裏切り者の汚名をものともせずに魔王の腹心の一人となった。
白蛇の青年は“ナーガ”という名を得て、下半身が蛇の魔物として異世界に転移した。彼も竜斗の腹心の一人となり、真綿であの子を包むようにじわじわと愛情を注ぎ続けた。
羊の容姿をした子は“キーラ”と名乗り、そのままの容姿で獣人となった。持ち前の賢さを活かし、竜斗の執事か秘書の様な立場を得て、ケイトとナーガと共に、あの子の側に居続けたそうだ。
——それらの事実を私が知る事になるのは、まだまだずっとずっと先の話となる。予想外の事ばかりが起きてしまったが、竜斗の選択の結果なので全てを受け入れるつもりだ。
コレだから子育ては本当に面白い。愛しい愛しい“彼の者”を未来永劫失ってしまった私の唯一の楽しみを、この先も存分に楽しむとしよう。
【番外編③三名の恋心・完結】