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2 - 第2章:二つの道

2025年08月15日

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第2章:二つの道


夜が明け、港町は静まり返っていた。

嵐はすべてを攫い去り、波音だけが瓦礫の街を洗っている。

かつて賑わった桟橋は半分沈み、船は帆も竿も折れて、潮にまみれた木屑になって打ち上げられていた。


カイはひび割れた防波堤に腰を下ろし、足元の海を見下ろした。

自分の名前を知らない生活、港町の残った人々は、彼をただ「名無し」と呼ぶ。

それでも、胸の奥にはひとつだけ確かなものがある――「リシア」という響き。

それが何よりも大切なものだと知っていながら、それがなぜ大切なのかは分からなかった。


潮風が吹き抜け、遠くでカモメが鳴いた。

彼は網の修繕を終えると、波止場で釣れた魚を市場跡に並べる。そこにやってくるのは数えるほどの人だけだ。

日が暮れると、防波堤の先で海を見つめ、夜になる前に古い倉庫へ戻る――それが、嵐の後の彼の日々だった。

ただ、嵐の夜だけは別だった。胸が強く締め付けられるような恐怖に駆られ、必ず灯台近くの避難小屋に籠もった。理由は分からない。けれど、その恐怖はずっと消えなかった。





一方、海から遠く離れた城下町。

石造りの城壁に囲まれたこの町は、港町の嵐のことを遠い噂話のようにしか覚えていない。

朝早くから市場には香辛料と焼きたてのパンの匂いが満ち、通りは商人と客の声で賑わっていた。


その喧騒を抜け、細い路地に入ると薬草の香りが漂ってくる。

小さな薬師の店。その裏庭で、銀髪の少女リシアは摘んだばかりの薬草を水に浸していた。

彼女は薬師の元で育ち、調合や治療を学びながら暮らしていた。名前は拾われたときに与えられた仮のもの。本当の自分の名は知らない。

けれど、一つだけ忘れたことのない名前がある――「カイ」。

その響きが、なぜか温かく、そして切ない。


夜、仕事を終えると、彼女は月明かりの下で城壁を見上げた。

そこに立つと、夢の中で見た海の匂いを感じる気がした。

夢の中の海辺には、いつも同じ少年が立っている。顔も声も、現実に出会ったことはないのに――その存在はあまりにも鮮明だった。


嵐の夜、港町の鐘が遠くで鳴るような幻聴が、時折彼女の耳をかすめることがあった。

理由は分からない。ただ、それを聞くたびに胸がざわつき、視界の端で何かが揺れる気がした。

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