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第3章:猫の導き
港町の昼下がり。
空は抜けるように青く、波は穏やかに寄せては返していた。
カイは網の補修を終え、港の端で魚を干していた。そんなとき――視界の端に、白い影が揺れた。
防波堤の上に、一匹の猫が座っていた。
毛並みは陽光を浴びてほのかに輝く薄いクリーム色。左目は金色、そして右目は深い海の青。
首元で小さな金色の鍵が光り、カイの目を射抜いた。
「……猫?」
カイが近づくと、猫は一歩下がり、こちらをじっと見たまま尻尾をゆらりと揺らす。
次の瞬間、くるりと背を向け、防波堤を軽やかに駆けていく。
まるで「ついてこい」と言っているようだった。
足が自然と動いていた。
猫は港を抜け、崩れかけた倉庫街をすり抜け、町外れの小道へ入っていく。
小道の先、木陰に立っていたのは――灰色の外套をまとった男、エルデだった。
「……また会ったな」
その声に、カイは眉をひそめる。
「知り合い、だったか?」
エルデは微笑み、首を振った。
「いや、これから知り合いになるだろう。……それより、あの猫が首に下げていたもの、見たな?」
「金色の……鍵?」
「それは“失ったものを取り戻す扉”の鍵だ。……お前の探し物を見つけるためのな」
カイの胸がざわついた。「探し物」という言葉が、何故か耳に焼き付く。
エルデは多くを語らず、ただ「行け」とだけ告げた。
振り返ると、猫はもう道の先で待っていた。
その頃、城下町の夜。
満月が白く石畳を照らし、街は昼とは違う静けさに包まれていた。
薬草を届け終えたリシアは、帰り道の路地で足を止める。
暗がりから、二つの光がこちらを見ていた。
漆黒の毛並みに包まれた猫。左目は青、そして右目は月色の金。
首元には銀色の小さな鍵が揺れている。
息を呑んだ瞬間、猫は音もなく歩き出し、城壁の影へと進んでいく。
「待って……!」
スカートを押さえて駆け寄ると、猫は振り返りもせず、門の外へ続く細い道に入った。
その出口近く、街灯の下に立っていたのは――エルデだった。
「こんばんは、リシア」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
「……あなた、誰?」
「ただの語り部だよ。けれど、お前は“魂を結ぶ鍵”を見つけたようだ」
「魂……を結ぶ?」
「それは、お前が大切に思う誰かの魂と、自分の魂を繋ぐものだ」
リシアは息を呑んだ。夢に出てくるあの少年の顔が、一瞬脳裏をかすめた。
「……その鍵の先に、答えがある」
エルデの言葉を背に、リシアは猫を追って城壁の影に消えた。