テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1年後 …
ー お好み焼き店 みっさん ー
店の入口の引き戸を開け、作業服を着た3人の男性客らが入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
昼時、忙しく立ち働きながら 客を出迎える瀬里香の姿があった。
「こちらのお席へどうぞー」
瀬里香は笑顔で客をテーブル席へ案内した。
狭い店内は、大勢の客で一杯だった。
カウンターでは、徹が手際よく 鉄板の上でお好み焼きを焼いている。
「あ〜、腹減った。俺、ミックスね」
「俺は…っと、 豚玉にするか」
「俺、モダン」
席に着いた男性客らが次々に注文をすると、
「はい、畏かしこまりました。 ミックス、豚玉、モダンです!」
瀬里香が徹に向かって声をかけると、
「了解!」
と応え、徹が準備を始めていく。
阿吽の呼吸だ。
テーブルの上に水とおしぼりを置いていく瀬里香の仕草も、手慣れたものだった。
「お姉さんさぁ、今まで見かけなかった顔だけど、ここでアルバイト始めたの?」
席を離れかけた瀬里香に、男性客の1人が声をかけた。
「う〜ん、まぁ そんなところですかね」
瀬里香が笑って応えた。
「あ! もしかして、あのお兄さんの嫁さん?」
別の男性が、徹を指差して言った。
「違いますよ」
徹が笑いながら言った。
そこへ 店の奥から光洋が、瀬里香と陸斗の娘 莉亜を抱いて、店に顔を出した。
「ほ〜ら莉愛、ママがいるぞぉ。よかったなぁ。昼寝から 今 起きたところですよーって、な?」
生後5か月の莉亜が、つぶらな瞳で瀬里香を見つめている。
「おいで、莉愛。ママのところへ」
光洋は瀬里香の傍へ行き、差し出した瀬里香の両手に莉亜を預けた。
瀬里香が優しく、包み込む様に莉亜を抱きしめると 莉亜は天使のような微笑を浮かべ、キャッキャと笑った。
「可愛い!」
「なんだ お姉さん、子供いるの」
「まさか…シングルマザーとか!」
男達が口々に好き勝手なことを言っている傍で、瀬里香は愛しくて堪らな気に莉亜をあやしていた。
ー 青井家 ー
勇次郎がソファに座り、スマホを見ている。
画面からは、瀬里香が莉亜を抱いて カメラに向かって話しかけているビデオが流れている。
『ほら莉亜、おじいちゃーん おばあちゃーん、元気ですかぁ〜?って。莉亜は元気ですよー』
莉亜が、瀬里香に持たれた小さな手を カメラに向かってぷらんぷらんと揺らされている様子を、勇次郎は目を細め 微笑みながら、じっと見つめていた。
「もう、意地を張るのも そろそろおやめになったら?」
美愛子に突然声をかけられ、勇次郎は慌ててスマホを置いた。
「いきなり何だね。びっくりするじゃないか」
勇次郎は照れ隠しのため、新聞を広げた。
「孫ですもの、そりゃ可愛いに決まってるわ。ほんとに 頑固なんだから」
美愛子の言葉に、勇次郎は応えなかった。
「…もう、許してあげたら? 陸斗さんのことも」
「そのつもりはない」
勇次郎は新聞を広げたまま、頑なに言った。
「莉亜のお父さんなのよ、陸斗さんは。 みんな…家族じゃないの」
そう言って美愛子が勇次郎の傍から離れると、勇次郎はまたスマホを手に持ち 再びさっきのビデオを見た。
見終えると、勇次郎はスマホをスワイプさせた。
玩具を口に運ぼうとしている 愛らしい莉亜の写真が、勇次郎のスマホの待ち受け画面だった。
コメント
1件
1年後の穏やかな日常にじんわりしました。徹さんと瀬里香さんの阿吽の呼吸がすごく自然で、莉亜ちゃんの可愛さに胸がきゅんとします。勇次郎さんの頑固なのに孫の写真を待ち受けにしてるギャップが憎いです…! 家族の形が少しずつ変わっていく様子、これからも見守りたいです。美愛子さんの言葉も刺さりました。更新ありがとうございます🌙
赤井 里衣
1,613
#ミステリー