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(なんかどっかでみたような……)
んんん? と目を凝らす功基に、やっとの事で起動した邦和がパタリと扉を閉じた。
神妙な面持ちで歩を進め、功基の足元に両膝をつく。見上げる瞳は真剣そのものだ。
これは、大事なのかもしれない。常と異なる邦和の様子に、功基も居住まいを正す。功基の喉がゴクリと鳴った。
「……功基さん」
「……なんだ」
「……これを」
白い袋からそっと取り出された物体に、功基は硬直した。というより、思考が追いつかなかったのだ。
モフリとした黒い毛並み。功基を愛らしく見つめるつやつやとした黒い双眼は、電灯を反射し一部が白く光っている。同色の高い鼻の先にもつるりとした布があしらわれ、逆三角形の耳が垂れ下がったそれは。
「……いぬ、の、ぬいぐるみ?」
「正確にはラブラドールの子犬(黒)になります。どうぞ」
「あ、おお……ってちょっと待て。なんだ急に」
(もしかして『所用』って、女とゲーセン行ってたのかよ)
自身でも無意識のまま嫌悪にキツく眉根を寄せた功基。
邦和はそんな功基を無言のまま数秒見上げると、静かに身体を起こし功基へと距離を詰めた。
その右手の重みを受けて、功基の太腿横のベットマットがギシリと鳴る。
「っ!?」
表情を変えないまま、のしかかるように迫る邦和。功基は反射で上体を仰け反った。バランスを保つ為にと後方についた右手が、功基の思考を煽るようにキシ、と小さく鳴く。
だがせっかく逃した身体を追うように、今度は邦和の左手が功基の横に沈んだ。閉じ込める腕と、真っ直ぐに見つめる影。功基は無意識に小さく震えた。
だが、『イヤだ』とは思わなかった。
「く、に」
わななく唇で紡いだ声はあまりにもか細い。そんな自身に思考の隅で驚いている間に、ベッドに乗り上げた邦和の左膝がマットを沈め、逃げるように折りたたんでいた功基の膝を揺らした。
覆いかぶさる身体が光を遮断する。呑み込む異質な雰囲気が、功基の脳内に『もしかしたら』を投影した。
ゆっくりと近づいてくる距離に、功基は反射で、強く瞼を閉じた。
(っ、まさか――)
口元まで上げていた指先に、ふわりと柔らかな生地が触れた。ドクン、と心臓が強く胸を叩く。その反動に押し上げられるように、功基はビクリと身体を跳ね上げた。
瞬間。耳元に、そっと囁き込まれた低音。
「……功基さんは、優しすぎます」
「っ、え?」
スッと遠ざかった気配。重みを失ったベットマットがキシリと鳴り、功基は薄く瞼を上げた。
飛び込んできたのは困ったように小さな笑みを浮かべた邦和。その手には先程まで功基と眠りを共にしていた、茶色い子猫のぬいぐるみが抱え込まれていた。
「……これは、俺がもらいます」
数秒して、功基はやっと理解した。
先程の邦和の行為は、功基の斜め後方に転がっていたぬいぐるみを取る為のものだったのだ。
(オレは、なんつー勘違いを……っ!)
「っな、んでお前がそいつを持っていくんだよ!?」
駆け上がった羞恥に押されるまま、半ば八つ当たり気味に叫び取り返そうと手を伸ばす。が、邦和にひょいと腕を上げられ、虚しく宙を掴んだ。
なんなんだ。ぜんっぜん、納得いかない。
邦和をギロリと睨めつける。
「それは庸司からもらったもんだって言っただろーが!」
「……知ってます。だから、です」
「は?」
庸司から貰ったもの『だから』、欲しい?
「……んだよ、お前、庸司のくれたモンが欲しかったのか?」
それではまるで、庸司のことを――。
「……何を勘違いされていらっしゃるのか、わかりかねますが、違います」
「……んじゃ、なんだよ」
「その……。功基さんが、庸司さんから頂いたモノを、あまりに可愛がっていらっしゃるので……」
「……別に、可愛がってはねーけど」
「いえ、可愛がっております。昨夜の帰宅時から常に膝の上を占領しているかと思いきや、とうとうベッドまで共に……」
「まてまて、間違っちゃいないが言い方が変だ」
絶望したというようにさめざめと顔面を覆った邦和に、功基は青ざめて停止をかけた。が、お陰で何となく緊張の糸が途切れ、功基は小さく息をつく。
「で? オレがそれを構ってたのがどうコレに繋がるんだ?」
隣に転がっていたラブラドールの子犬(黒)を拾い上げると、つぶらな瞳が功基を見上げてくる。
(なんか……邦和に似てる気が……いやこんなカワイイもんじゃねーけど)
微妙な心境でにらめっこをしていると、邦和がボソボソと話し始めた。
「……可愛がるのなら、私のさし上げたものにしてください」
「……は?」
「功基さんのことです。この子猫を可愛がるという行為に他意はないと、重々承知しております。けれどもやはり……出処が出処だけに、つい余計な勘ぐりをしてしまうのです……」
邦和は視線を落とし少し躊躇いがちに言葉を切るも、意を決したように続けた。
「……とはいえ、大事な『ご友人』から頂いたモノをほいそれと手放すとも思えませんでしたので、せめて代わりのモノをと思いまして」
「……その結果が、コイツ? そういや、コレってその子猫と同じシリーズだよな」
「……随分と気に入っているご様子でしたので」
「……まさか、所用って」
邦和の身体がギクリと揺れた。
暫くの沈黙の後、邦和の頬が、耳が、赤く染まる。
「……ああいったゲームは、不慣れでして。その……お待たせして、申し訳ありませんでした……」
「っ!」
視線を逸らしたまま、しどろもどろに告げる邦和に功基の頬も朱に染まる。
つまり邦和は、庸司の渡した子猫に嫉妬し、代わりのぬいぐるみを取りに行っていたのだ。待っていた時間から察するに、何度もチャレンジしたのだろう。
本当に、何度も。
(……なんだよ、ソレ)
嬉しさが、むず痒い。
「っ、んっとお前って極端すぎなんだよ!」
「……申し訳ありません」
功基が顔を赤くする理由は邦和とは違うが、隠すのも今更だろうとそのままに、邦和に片手を差し出した。
「ん」
「はい?」
「やっぱ、オレが貰ったもんだし、ソイツはお前にはやれない」
「……そう、ですよね」
「でも」
功基は片腕でギュウと黒犬を抱きしめた。
「……側に置くのは、こっちにしとく。そっちは適当に飾っておくから」
「っ、功基さん……!」
「いいな! それで納得しろ! そんでオレは喉が乾いた!」
「っ、はい、すぐにお紅茶のご用意を」
嬉々として立ち上がった邦和は急ぎ足で『宝箱』を開け、手早くいくつかと取り出すと台所へと消えていった。
(まったく、手が掛かるな)
手元に戻ってきた子猫に小声で「ごめんな」と呟いて、功基は下から見上げてくる黒犬を手に取った。
邦和の見せる執着は、面倒だとは思っても迷惑だとは思わない。むしろ、『嬉しい』とすら思ってしまっている自分がいる。
それはきっと、功基自身が邦和に好意を抱いているからで、胸の奥深くで沸々と生まれつつある独占欲が、邦和のそうした態度に満足を覚えているからだろう。けれども。
(……アイツの『執着』は、『主人』に対する『忠義』なんだよなぁ)
間違えちゃいけない。邦和は、『自分』に執着しているのではない。
邦和が功基に執着しているように見えるのも、それは功基が『主人』だからであって、別の人間が『主人』となればその目は新たな誰かに向く。
わかっては、いるけども。
「……ちょっとくらい、喜んでもいいよな」
今だけだからと、功基は頬を緩めて黒犬を抱きしめた。