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「「「黒宮先輩に助けてもらったーー!!?」」」
「皆んな大声出しすぎ! 耳がキーンってする!」
お昼休みということで昨日の出来事を皆んなに話したんだけど、返ってきた反応がこれ。そこまで驚くことかな? そもそも、華ちゃんもだけど、どうして皆んな黒宮さんのことを知ってるんだろ……。
「知ってるに決まってるでしょ! 超有名人じゃん!」
「チョーユウメイジン?」
「優ちゃん、なんでそこでカタコトに……。まあ、優ちゃんだから気にしても意味ないか。でも、この前も言ってたけど本当に知らないの? 黒宮先輩のこと。校内一の不良で有名なのに」
「……え?」
黒宮さんが不良? しかも校内で一番の?
確かにさ、あの人は口が悪いよ? 態度も悪い。それは確かなんだけど、でも、不良とは違う気がする。なんでそう感じるのかは分からない。分からないけど、絶対に違うと言い切れる。分からないのに言い切れるって変な話だけど。
「でもさ。黒宮先輩って確か停学中じゃなかったっけ?」
「て、停学中!?」
水野さんの言葉に驚いて、つい大きな声を出しちゃったけど、そりゃそうだよ。当たり前だよ。全然知らなかったからというのもあるけど、それ以上に頭の中で『?』マークが頭の上でぽんぽん出てきちゃって。
事情が全然分からない。
いつもの私だったら『まあいいか』とか『気にしない気にしない』で済ませちゃうんだけど、でも、今は不思議とそういう気持ちになれない。理由が知りたい――と思ってたら華ちゃんが言葉を紡いでくれて把握できた。
「確か、同じクラスの男子のことを殴ってあばら骨を折っちゃったんじゃなかったっけ? それで停学。あ、でもそういえば、昨日でその期間が終わったんだっけ」
「そ、そうなんだ……」
なんだかショック。停学になっちゃったんだったら、さすがにそれは事実なはずだから。本当はいい人だと思ってたけど、私の勘違いだったんだ……。
「優ちゃん大丈夫? 珍しく落ち込んでるけど」
「大丈夫、じゃないかな……。だって私、黒宮さんのこと、ずっと運命の王子様だと思ってたからさ……」
「誰が王子様だって? ガマガエル」
その声、そして呼び方で誰だかすぐに分かった。咄嗟に教室の後方の扉の方へと目を向けた。腕を組み、気だるそうにして壁にもたれかかっている人物。
黒宮仁さんだった。
「く、黒宮さん? どうしてここに?」
「『さん』付けするなって何度も言ってんだろうが、このガマガエル」
教室が一瞬にして静まり返る。はっきりと感じることができる、緊張感。それが教室内に充満してピリッとさせた。皆んな、怖がってる?
「す、すみません、言い直します。おい! このクソ黒宮!」
さっきまで緊張感に包まれていた教室中が、一瞬にしてざわめき立った。うわあ、私の方に皆んなの視線が集まってるよ。
でも、注目されるのってなんか嬉しいな。だって私、こんなにも皆んなから注目されたことなんて人生で一度もないし。
「ふふ……うふふふふ」
「何急に笑い出してんだよガマガエル。気持ち悪ぃからやめろ」
「あ、はい。クソ黒宮さん。あ、でもそれじゃ長いから、略してクソ黒さん!」
「……クソ黒って言っておいて『さん』付けする意味が分からねえ。それにその呼び方、『クロワッサン』みたいだから絶対にやめろ」
「はい! 分かりました! クロワッサンさん!」
「ガマガエル。お前、バカだろ?」
* * *
「ちょ、ちょっと! どこに連れていくんですか!?」
あの後、私は制服の襟を掴まれて、無理やり教室から連れ出されてしまった。何の説明もなしに。このクソ黒! おかげで廊下にいる皆んなにギョッとされちゃってるじゃん! こんな目立ち方、私は望んでないってば!
「駐輪場だ」
「駐輪場!? え!? 今から!? あ、あのー。もう少しでお昼休み終わっちゃうんですけど?」
「そんなのサボれ」
「サボれって……私、まだ入学してから一ヶ月も経ってないんですよ!? なのにサボったりなんかしたら、先生からの評価が……」
「んなもん気にしてるのか? くだらねえ。お前、授業に対して疑問に思ったことねえのか? 教科書を読めばすぐに分かることを、アイツらはそれをなぞって説明するだけ。それに何の意味があるのか俺には分からねえ。時間を無駄に浪費するだけだ」
「え、えーっと……それは、その……疑問に思ったり考えたりしたことないです。でも、じゃあ黒宮さんはどうして学校に来てるんですか?」
その問いかけを聞いて、ピタリと足を止めた。そして、彼の表情に浮かび上がる。憂い。諦め。憂愁。様々な『負』の感情が。それらが今の黒宮さんを支配している。そんな感覚を覚えた。一度天井を見上げ、溜め息をつき、私に向き直る。
「――出席日数だよ。授業の三分の一以上欠席したら、その時点で留年が確定する。本当にくだらねえルールだ。でも、仕方がねえんだよ。俺には金がねえ。特待生として大学に入るには留年できねえんだよ。学費を免除してもらえなくなる」
「と、特待生!? もしかして、黒宮さんって頭いいんですか!?」
「……別に。お前には関係ねえ。ほら、さっさと行くぞ」
* * *
「ぼ、ボロいですね……」
黒宮さんに駐輪場まで連れて行かれ、彼がいじり始めた自転車を見て、ついつい言葉に出してしまった。でも、その目はとても輝いていて、素直に素敵だと思ってしまった。さっきまでとはまるで別人だ。
「ボロいよな。錆つかないように毎日メンテナンスはしてるんだけど、さすがに限界がある。なあガマガエル。お前、自転車はどうするんだ?」
「はい。壊れちゃったので、今度親と一緒に買いに行く予定です」
「そうか。じゃあ、お前だったらすぐに新しいやつを買ってもらえるんだろうな」
すごく気になる言葉だった。『お前だったら』という、その一言が。私だったら? それって、どういう意味なんだろう。
「この自転車はな、俺の恩人が譲ってくれた物なんだ。嬉しかった。ずっと乗っていたかった。でも、背丈が合わなくなってな。別のやつを買うしかなくなってな。だけどお前の背丈だったらちょうどいいんじゃないかと思ったけど、いらねえか。新しいやつを買ってもらえるんだからな」
「い、いえ、そんな。いらないとか全然思ってません。でも、そんなに大切な自転車を、どうして私なんかに……」
ブレーキを確認したりしていた手が、ピタリと止まった。そして、少し遠くを見つめるようにして、言葉を選ぶかのようにして、黒宮さんは少しの間、黙ってしまった。あ、もしかして私、やっちゃった? 失礼なことでも言っちゃったのかな?
でも、永遠に続くのではないかと思う程の沈黙が、彼が言葉を紡ぎ始めたことで動き出した。止まっていた、私と黒宮さんの時間が。時計の針が。
「――なんかな、お前に使ってほしくてな」
「わ、私に使って……ど、どうしてですか?」
「知らねえ。分からねえ。でも必要なさそうだから持って帰――」
「いります!!!! 乗ります!!!! だから譲ってください!!!!」
あまりに大きな声に驚いたのか、背を向けていた黒宮さんはコチラを振り返る。目の奥を、瞳の奥を見られている。そんな不思議な感覚。
受け取りたい。譲り受けたい。だってこの自転車は、黒宮さんの恩人が彼に譲ったもの。贈ったもの。大切なもの。それを今、黒宮さんは私に譲ってくれようとしている。使ってほしいと言ってくれている。
断る? そんな理由がどこにあるっていうの! そんなことは絶対にできないし、したくない!
黒宮さんが大切にしてきたものを、今度は私が大切にする。
当たり前じゃん!!
黒宮さんは私の目を見つめ続ける。私の心の中にある、秘められた気持ちを読み取るようにして。汲み取るようにして。
そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「――ありがとうよ」
私の心の中にある全ての全てを持っていかれてしまった。彼が、黒宮さんが、私に初めて贈ってくれた笑顔を見て。
その笑顔は少し不器用だったけど、でも、優しさに溢れ、穏やかで、だけどやっぱりどこか陰のある、とても不思議で、とても素敵な、そんな笑顔だった。
運命の王子様だとか、そんなことは全て吹き飛んでしまった。どうでもいいやとさえ思えてしまった。
それよりも、これからもずっと見ていたいと思った。たくさん、たくさん見たいと思ってしまった。
黒宮さんの笑顔を。
「んじゃ、さっさと終わらせちまうか。おいガマガエル、乗れ。一応、サドルの位置は確認したが、乗らなきゃ分からねえ」
「え? は、はい! よいしょっと」
自転車にはまたがった。そこまではいいんだけど……。
「く、黒宮さん! あ、足が、足が全然地面に届かないんですけど!」
「……なあ、ガマガエル」
「な、なんでしょうか?」
「初めて見た時から思ってたんだけどよ。お前、短足だよな」
がっくりと肩を落とした私である。た、短足って……。
この人、こういうところさえなければなあ。