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「まあ、これで大丈夫そうだな。ガマガエルが短足なせいで余計な時間がかかっちまった。それじゃ、工賃よこせ」
「え……? こ、工賃ですか?」
とりあえず財布の中身を確認してみたけど、五百円しかない……。そういえば私のお小遣いって中学生の時変わってないな、なんて考えてみる。皆んなってどれくらいもらってるんだろ? ちなみに私は月に三千円。
でも、どうしよ……このお金を払っちゃったら大好きな少女漫画雑誌が買えなくなっちゃう……。私の生き甲斐なのに。夢見る乙女な私にとっての必須アイテムなのに。あれがなかったら私、干からびちゃう! 乙女成分を摂取できなくなっちゃう! うう、どうしよ……あ! 名案思い付いちゃった!
「あ、あの、黒宮さん? 私の笑顔で許してもらえませんでしょうか……? スマイル0円です! 何度でもスマイルします! 見せます! だ、だからこの五百円だけは……ど、どうかご勘弁を……」
「どこのファーストフード店だよ。工賃なんて嘘に決まってんだろ。それに0円だろうがなんだろうが、ガマガエルの笑顔なんていらねえ。目が腐る」
「酷っ! 私のこのプライスレスな笑顔を腐るとか言わないでくださいよ! プレミア付くかもしれませんよ!?」
「なんでプレミアが付くんだよ……。お前、そのバカさでよくこの高校に入学できたな? ここ、一応進学校だぞ?」
「だって頑張りましたもん。幼馴染の女の子がいるんですけど、志望校がここだったんです。それで、どうしてもその子と同じ高校に入りたくて」
「そうか。替え玉受験か」
「そんなこと一言も言ってないです!」
ふと気が付いた。これまでよりも、いや、たった数分前よりも、今までと違ってちゃんと普通にお喋りしてくれるようになってる。さっき見せてくれた、あの不器用な笑顔もそう。もしかして黒宮さん、私に少しずつ心を開いてくれてる?
「何ボーっとしてんだ。じゃあ校舎に戻るぞ。数分でも授業に出れば、一応出席扱いになるからな。ただでさえ、俺は停学を食らっちまったからな。出席日数がギリギリなんだよ。もう欠席はできねえ」
「あ、そうですよね。特待生として大学に行きたいんですもんね。あの、そういえば。どうして黒宮さん、停学になっちゃったんですか? 人に暴力を振るうような人には見えないんですけど」
それを聞いた途端、黒宮さんは眉間に皺を寄せた。あ、余計なことを訊いちゃったかな……。また不機嫌そうな表情に戻ってるし。
「……別に。お前には関係ねえ。個人的なことに余計な詮索はするな。いいな?」
「は、はい……ごめんなさい」
ど、どどど、どうしよう! このままじゃまた元に戻っちゃうかも。黒宮さんがせっかく私に心を開き始めてくれてたのに。もっと仲良くなれたかもしれないのに。
と、いうわけで、私はない頭を振り絞るようにして考える。何かないかな、打開策。いや、別に打開策じゃなくてもいい。ひとつのキッカケになれば。
とにかく、関係性をもっと深められる可能性がある案を考えなきゃ! って、ないよね。あったとしても、そう簡単に思い浮かぶわけがな――あ!!
「あ、あの! 黒宮さん!」
「あ? なんだガマガエル」
「私に……私に勉強を教えてください!!」
どうしようか迷いに迷った末、咄嗟に出ちゃった言葉がこれ。でも、我ながら名案だと思った。だって話を聞く限り、黒宮さんは頭がいい。成績がいい、はず。とすれば、勉強を教えるなんてことはお茶の子さいさいだと思ったの。
いやー、もしかして私って天才なのかな? これだったら私と会う頻度も増えて、よりいっそう私と黒宮さんの心の距離が近付くはずだから。しかも私の成績も上がるに決まってる。一挙両得ってやつ。さすがは祖月輪優子ちゃん。これで運命の王子様は私の魅力に気が付いて惚れるに決まってる!
恋は私を強くする。
さあ黒宮さん、よきお返事カモーン!
「は? どうしてお前なんかに勉強を教えなきゃならねえんだ。こっちは忙しいんだよ。悪いがお断りだ」
はい、私の名案、簡単に却下さちゃいました。ですよねー。そう簡単に思い通りにはならないですよねー。もしかして私って、バカ?
だとしても、簡単には諦めない! こうなったら奥の手を使うまでよ!
で、どういう奥の手かと言うと。
「黒宮様! お願いします! 成績の悪い私のために、どうか、どうかこの通り!! 勉強を教えてください!!」
地面に両膝を付き、そのままそこに頭を擦り付けるが如く必死の低頭。つまりは、THE・土下座。どうだ見たか! 私の奥の手を!
……奥の手が土下座って、私ってやっぱりバカなのかな?
でも仕方がないじゃん。他に何にも思い付かないんだから。頭を下げてるから黒宮さんの表情は全然分からないけど、ここは情に訴えるしかない。
「……おい、ガマガエル。中間とか期末とかの成績はどんな感じなんだ?」
「え? 中間? 期末? い、いえ。私まだ入学したばっかりなので、そういう試験は受けてなくて……あ、でも! ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
私は土下座を解除。いそいそと通学用のカバンから数枚の用紙を取り出した。そしてそれを黒宮さんに手渡した。
「なんだこれは」
「はい! 今まで受けた小テストの結果です!」
「なるほどな。じゃあちょっと見せてもら――」
黒宮さん、絶句。しかも珍しく唖然としてる。あれ? もしかしてこれ、私の作戦勝ち? 意外と上手くいくかも?
「が、ガマガエル、お前……」
「ど、どうでしょうか?」
「どうでしょうか、じゃねえよ……。どうやったらこんな点数取れんだよ……」
そんな反応になっちゃうってことは、別に作戦勝ちしたわけではなさそう。それくらいは分かる。分かり過ぎる程に分かる。そりゃ、そのテストの点数を見ちゃったらねえ。
「3点、5点、3点、れ、0点……!? ガマガエル、お前って本当にバカだったのか……。そりゃ土下座もするわ……」
「てへっ♬」
「可愛子ぶってんじゃじゃねえよ……。ちなみに、どうしてこれらを常にカバンの中に入れてあったんだ?」
「だって、家に置きっぱなしだったら親に見つかっちゃうじゃないですかー。そんなことも分からないなんて、黒宮さんって実はバカ?」
「お前が言うな!!」
深い溜め息を「はあーっ」とついて、肩をガクリと落としてしまった。長い黒髪が垂れて顔が隠れてしまう程に項垂れて、愕然。
「ガマガエル、お前、このままじゃ間違いなく留年するぞ?」
「りゅ、留年!!?」
そして今度は私の番。黒宮さんよろしく、深い溜め息をついて肩を落とした。りゅ、留年のことなんか全く頭になかった……。
訪れる、沈黙。永遠に続くのではないのかと思える程に、長い時間だと感じた。実際はほんの1〜2分間だったのに。
そして、その沈黙を終わらせてくれたのは他の誰でもない。
黒宮さんだった。
「――分かった。今日から教えてやる、その代わり、交換条件だ」
「きょ、今日からですか!?」
「言っただろ、こっちは忙しいって。今日はたまたまシフトが入ってねえからな。バイトしてんだよ、俺は」
「アルバイトですか!? ど、どどど、どこで!?」
「教えるわけがねえだろ。学校にも申請を出してねえんだ。隠してるのに、どうしてそれをお前に言う必要があるんだよ。それよりも、交換条件を飲め。おいガマガエル。明日は予定入ってたりするのか?」
「あ、明日ですか? 土曜日ですよね? も、もしかしてデートのおさ――」
「んなわけねえだろ。手伝え、ボランティア活動を。それが交換条件だ」
ボランティア活動? 黒宮さんが? バイトも入ってて忙しいのに? なんでだろう……。私の頭の上でクエスチョンマークがポンポンと浮かび上がった。
「わ、分かりました。大丈夫です、予定は入ってません。でも、教えてください。一体どこに行くんですか?」
「行きゃ分かるんだが、教えてやる」
黒宮さんがこの後、私に告げた行き先場所を聞いて、正直驚いた。あまりに予想外だったから。私にとって未知の世界だったから。私が抱いていた黒宮さんの印象と全く違った場所だったから。
そして、そのボランティア活動の場所とは――
「孤児院だ」