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わたしは思わずぽかんと口を開け、その女の人の姿を窓ガラス越しに見惚れていた。
およそ日本人とは思えないその容姿と可愛らしさに、夢でも見ているんじゃないかしらと自分の眼を疑ってしまう。
そんなわたしに、その白い女の人は、
「えっと……」
と困ったように眉を寄せ、けれど微笑みを浮かべたままで、
「そ、そう、あなたのホウキを持ってきたの」
そう言って、どこからともなくわたしのホウキを出して見せた。
「え? あっ――」
わたしははっと我に返り、慌てて窓の鍵を外してガラリと窓を開いた。
その途端、わたしのホウキがふわりと風に乗り、部屋の中へと入ってくる。
ほうきを受け取ったわたしは、それが間違いなくわたしのホウキであることを確認すると、
「あ、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた。
「ううん、いいのよ」
と白い彼女は小さく首を横に振って、
「わたしはただ、イノクチさんに頼まれただけだから――」
「イノクチさん?」
首を傾げるわたしに、彼女は、
「そう、イノクチさん。先生のことよ」
あぁ、とわたしは口にして、ひとつ首を縦に振った。
ってことは、この人はあの先生の知り合いなのか。
わたしや楸先輩と同じようにホウキで空を飛んでいるけれど、まさか一日にふたりも空を飛べる魔女に出会うことになろうとは、思ってもみなかった。
あの男の先生――イノクチ先生も含めれば、わたしの知らない魔法使いに三人も出会ったことになる。
こんなことってある? 本当にただの偶然?
それにしても、今、目の前にいるこの女の人――どこまでも白くて、透明で、美しくて。
その微笑みは目の笑っていない楸先輩のそれとは違って本当に優し気で、邪な気持ちなど微塵も感じさせず、わたしに何とも言えない安心感を与えてくれた。
初対面だというのに、この人なら信じてもいい、そう思わせてくれる清純さを彼女はその姿から溢れさせていたのである。
いったいこの人は、どこの誰なんだろうか。
思い、わたしは、
「えっと、あなたは?」
彼女に訊ねる。
彼女は「あぁ」と小さく口にして、
「わたしはアリス。ハンドウ、アリスよ」
「ハンドウ……?」
すると彼女は空中に人差し指を突き出し、キラキラ光る魔法の文字で、『楾アリス』と教えてくれた。
「アリス、さん」
「えぇ、よろしくね」
その微笑みは、見ているだけでわたしの心を幸せにしてくれた。
「あ、わたしは――」
「鐘撞葵さん、でしょ?」
アリスさんがわたしの名前を知っていることに一瞬驚いたけれど、なにも驚くことはなかった。
そもそもイノクチ先生は学校の先生で、あの時、わたしに名前を訊いてきた。
アリスさんはそのイノクチ先生の知り合いで、わたしにホウキを持ってくるよう頼まれていたのだから、わたしのことを知っていて当然だ。
イノクチ先生にしろ、アリスさんにしろ、ふたりとも楸先輩よりは信用してしまっても構わないように思われた。
アリスさんは一つ頷くと、
「それじゃぁ、私は帰ります。おやすみなさい、葵ちゃん」
「あ、はい! おやすみなさい!」
暖かな微笑みを浮かべたまま、アリスさんは小さく手を振ると、すぅっと空の向こうへと飛んでいってしまった。
わたしはそんな白く輝くアリスさんの後ろ姿を、見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのだった。