「ありがとうございます!」
泣きながら深々と頭を下げて飛び出して行った少女を見送り、扉を閉めると、私は肩を震わせてその場に崩れ落ちた。
嫌というほど分かっている。圭一は、もう私の知っている「お兄ちゃん」じゃない。
圭一は、私を一人前の剣士に仕立てあげてくれた師匠を始め、数多くの罪なき者を殺めた。
裏社会で、私が心から愛した人も奪った。
そして何よりも重要なこと − 私情を一切挟んではいけないプロとして、正直で罪のない依頼者に対して、私のしたことは、最良とは言えなくとも、紛れもなく…正しい。
それなのになぜ、どうしてだろう。私は悲しくて悔しくて、辛くてたまらない。
この世界に入って、とうの昔に忘れてしまったと思っていた涙が、胸の奥から次々にこみ上げては溢れ、頬を伝って流れる。そしてしまいには、悲痛に歪んだ声となって、まるで心が流した血のように、床に醜く飛び散った跡を残しながら、染み込んでゆくのだった。
拷問士はこれから、二、三日としないうちに兄の身柄を確保し、裁きを下すことだろう。
数日後、私は、拷問士と親しい情報屋に、兄が既に捕らえられているかどうか尋ねた。
その情報屋はタバコに火をつけながらうなずくと、拷問は、今夜行われると付け足した。
私は、急いで家に戻り、拷問士に連絡を入れた。
「…突然申し訳ございません。復讐屋の五月女と申します。」
「あなたが、この界隈にもう一人いると言われていた、復讐屋でしたか。」
「はい。突然ですが、お願いがございまして…本日捉えた隻腕の男ですが、死後の身柄を、こちらへ譲っていただきたいのです。」
少し声が震えていたが、未だ私と顔を合わせたことがない拷問士には、気づかれていないことを祈るばかりだ。
「なんでまたそんなことを。ひょっとしてあなたは、奴の…」
「いえ、そんなことはございません。」
私はとっさに嘘をついた。
「その、隻腕の男の犠牲となった通行人の遺族から、偶然にも今日、依頼が届いたのです。」
「ほう。それで、依頼者へ報告するために、せめて遺体だけでも、ということだな。」
「…はい。」
「ならばよかろう。あなたなら、遺体の処理の仕方にも、ぬかりはないだろうからな。」
「…助かります。ありがとうございます。」
「…ん?」
「いえ、依頼者様にとっても、ありがたいことだろう、という意味です。」
私は慌ててこう付け加えた。
「そうか。では、拷問が終わり次第、連絡させていただきます。」
「かしこまりました。」
そういって拷問士との電話を終えた。
こんなことを頼んだ私は、きっとプロとしては失格だ。しかし、それでも最後の最後、兄の姿を見届けずには、居ても立ってもいられなかった。
コメント
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泣いてしまった……感動と悲しみが混じりました…呼んでいてずっと胸が苦しかったのですが…それでも素敵だと思います。本当に…素敵です…‼︎(泣)…(すいません、泣いてて語彙力がなくて…)