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僕は女の子が苦手だ。
いや、苦手というレベルの話ではないかもしれない。いわゆる女性恐怖症というやつだ。
そりゃそうだ、『あんな出来事』を経験をしてしまったら。
どうして僕が女の子に対して苦手意識を持つことになってしまったのか、今は言いたくない。思い出したくないんだ、当時のことを。
「はあ……高校生になれば多少はマシになると思ったんだけど、甘かった」
今にも空気の中に消えてしまいそうなくらい、小さく呟いた。そして、深い溜息をひとつ。
(これじゃ、中学の頃と全く変わらないじゃないか)
高校に入学して早一ヶ月が経とうとしているけど、相変わらず女子とは会話をしたことがない。いや、できないんだ。でもそういえば一度だけあるか。「消しゴム落としましたよ?」って、隣の席の女子に声をかけてもらったっけ。
……会話って、何さ。
「ああ、もう嫌だ……」と、僕は頭を抱えながら一人ごちる。
でも悪いことばかりではない。ちょっとだけいいことがあった。この前の席替えで、窓際の隅の席をゲットすることができたんだ。隅っこは落ち着く。外の景色も見ることができるし。それに、授業中に居眠りをしてもバレにくい。隅っこ最高だ。
だけど、僕にとってこの席替えで良かったと思う理由はもうひとつあった。
チラリ、と隣の席を見やった。うん、やっぱり落ち着く。
僕の隣に座っている女の子。名前は心野雫さん。
なんだか彼女を見ていると、とても落ち着くんだ。理由は簡単であり、シンプルであり、明白。失礼を承知で言ってしまうと、僕と同類なんじゃないかなと思えてしまう。何故か妙に親近感が湧くんだ。
心野さんはとても大人しい人――いや、大人しいどころじゃないか。高校生になってから、心野さんがクラスメイトと一緒にいるところも、喋っているところも見たことがない。こんな僕でさえ、一応男友達くらいはいるのに。
(心野さん、どういう顔をしてるんだろう)
彼女は伸び切った前髪を下ろしていつも顔を隠してしまっている。他の女子と比べてスカートの丈も長いし、制服も着崩したりはしないし。これもちょっと失礼だけど、地味子ちゃんという言葉がしっくりくる。そんな女の子だ。
(はあー、一度でいいから話してみたいな)
女の子が苦手な僕だけど、不思議と心野さんとは喋ってみたいと思えてくる。それに、女性恐怖症克服のためにも、まずは心野さんと友達になりたい。そんな気持ちが自然と湧いてくる。
僕の名前は但木勇気。その名に恥じぬよう、勇気を出す時が来たのかもしれない。
だから僕は今朝、登校しながら決意をした。今日こそ心野さんに話しかけてみよう、と。だけど喋ることを拒否されたらどうしようだとか、そんなネガティブなことばかり考えてしまう。それに、話しかけても絶対に喋ってもらえないはず。
だって、これまで幾人かのクラスメイトから話しかけられても言葉を発することなく、ただただ頷いたりするだけだったから。だから僕が話しかけても同じ結果になってしまうことだろう。
それに、女性恐怖症である僕はやっぱり女子に話しかけるのは、なんだかんだ言っても怖い。
でも――
(いや、自分を信じろ! 但木勇気! 大丈夫。きっと大丈夫。心野さんはちゃんと何かしらのアクションは起こしてくれるはず。確かに普通に会話ができるようになるまでには時間がかかるかもしれない。長期戦になるに違いない。でも、それは重々承知の上だ)
そうだ。悩んでいても仕方がない。まずは行動を起こさないと何も始まらない。そうしなければ、僕は一生女性恐怖症を抱えたまま人生を終えてしまうことだろう。
それに、高校生活でも、中学の頃のように女子に対してびくびくするつもりか? 否。そんなことは望んでいない。
自分を変えられるのは、自分自身だ。
こうなったら、もう勢いに任せて話しかけてやる!
「ね、ね、ねねね、ねえ、こ、心野さん? ちょ、ちょ、ちょっといいかな?」
「ヒ、ヒイッ!!!!」
話しかけたその瞬間、心野さんは驚きの声を上げ、そして椅子に座った姿勢のまま飛び上がってしまった。『お尻が浮く』という言葉は知っているけど、本当に浮くんだ……初めて見たよ。それに、僕もやっぱりキョドってしまった。まるで針の壊れたレコードみたいに。
でも――
「な、なななな、なんでしょうか!」
(え!? う、 嘘……だろ!?)
心野さんが、僕に返事を返してくれた。
初めて聞いた、心野さんの声。僕と同様、キョドりすぎではあるけど。でも、言葉を返してくれただけでも驚きだった。しっかりとコミュニケーションを取れるまでには絶対に時間がかかると思っていた。
なのに、どうして?
「い、今、喋ってた、よな?」
「喋ってたというよりも、声を出したって感じだったけど」
「いや、お前。それだけでも十分驚きだろ」
急に教室内がざわつき始めた。
心野さんが喋ったことに。声を発したことに。
「ご、ごめんね驚かせちゃって。い、いやね、席替えしてからまだ挨拶したことなかったなあって思って。それで話しかけたんだ。……迷惑だったかな?」
「そ、そんなことは、ない、です……はい……」
そう言いながらも、心野さんは両手で長い前髪を掴み下に引っ張って、いつもより顔が見えないようにしてしまった。
に、しても不思議だ。緊張はまだ若干はしているものの、女性恐怖症である僕が、いつもよりも普通に喋ることができている。
でも、どうして心野さんは僕に対してちゃんと会話をしてくれたんだろう。
「そ、そっか、それなら良かった。あ、ぼ、ぼぼ、僕の名前は但木――」
「し、知ってます。た、但木勇気さん、でしたよね……?」
心野さんはこっちを見ず、まだ前髪を両手で掴んだままだけど、僕の名前を声にしてくれた。意外な展開だ。
「心野さん、僕の名前覚えてくれてたの?」
「は、はい、入学式の時の自己紹介で……」
え!? あの時の自己紹介で僕の名前を覚えてくれていただなんて。ビックリだ。ビックリだけど、それ以上に嬉しくてたまらない。
「す、すごいね心野さん。もしかしてクラスの皆んなの名前も?」
「は、はい。い、一応は覚えてます……はい……」
すごい記憶力だな、心野さんって。でもこの流れ、悪くないぞ。なけなしの勇気を振り絞って話しかけて本当に良かった。
それに、緊張感の方も少しずつ解けていくのを感じるし、今なら自然体で会話を続けられるような気がする。
ほんの一握りの小さな小さな自信。そして、希望が湧いてきた。
「おーい、但木〜!」
「うおっ! ビックリした……。いきなり大きな声で話しかけてくるなよ!」
どこからともなく現れたコイツは友野はっちゃく。この名前、あだ名でもなんでもなく、本名なのだ。親父さんが好きな漫画のキャラの名前を付けたらしい。
「いやいや、ごめんごめん。お前が心野さんのことをナンパしてたからつい」
「な、ナンパ?」
「え!? な、なななな、ナンパ!!?? え!? 但木くん、わ、わ、私のようなミジンコ以下の人間に、な、ナンパしてくれたんですか!?」
ミジンコ以下とか……。そこまで自分を卑下することはないでしょ。いや、今考えるべきことはそこではない。
「友野! 僕がナンパなんかするわけないだろ! 心野さんからあらぬ誤解を受けちゃったじゃん! 知ってるだろ! 僕は女子が苦手だってことを!」
「ああ、知ってるよ。当たり前だろ。中学の時からずっと同じクラスだったんだぜ? お前のことは誰よりも知ってるし理解してるよ。でも、驚いたぜ。但木が心野さんと話してるからさ。女性恐怖症のお前がだぜ? そりゃ俺だって話しかけに来るってもんだ」
「友野……ちょっと邪魔しないでくれるかな? 僕は今、心野さんと話して……って、こ、心野さん!? どうしちゃったの!?」
心野さん、机に突っ伏したままだらーんと両手を投げ出したまま微動だにしない。本当にどうしちゃったの!?
「お父さん、お母さん……私は生まれて初めてナンパされちゃいました……。我が生涯に一片の悔いなしです……」
「ナンパじゃない! ナンパじゃないって心野さん!」
「ああ……こんなミジンコ以下の私がナンパされるだなんて……。これで私、リア充の仲間入りです。あ、三途の川が見える。去年亡くなったひいお婆ちゃんが手招きしてる。今からそっちに行くね、お婆ちゃん」
「待って心野さん! 話をちゃんと聞いて! ナンパじゃないってば! だからこっちの世界に戻ってきて! というか心野さんは今、一体何が見えてるの!?」
「ふふ……うふふふ……」
か、完全に自分の世界に入ってしまってる……。しかも笑ってるし。色んな意味でちょっと怖いんですけど。
「ぶわっはっはっは! 心野さんってこんなに面白い人だったんだな。一度も会話できたことがなかったから知らなかったけど。いいんじゃね? ナンパってことで。二人ともお似合いだと思うぜ」
「友野……この状況を見て笑えるお前、すごいよ」
――結局、心野さんは全ての授業が終わるまでずっとこのままだった。帰る時も「ナンパ……ナンパ……」と呟きながらフラフラと教室を出て行ったし。
あれでちゃんと帰れるのかな……。
紫陽花
#ハッピーエンド