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その日の夜、私はけい子さんたちが寝静まった後、庭に出た。
寒いと空が澄んで見えるのは本当らしい。
さっきは見えなかった星がよく見えて、冬の大三角がすぐに見つかった。
空を見上げて思う。
季節は私の外側で、勝手に過ぎていってしまうんだと。
レイからのメールはいつも、最後に必ず「好きだ」とあった。
それは嬉しいし、信じているけど、不安はどうしても消えない。
どれだけ好きだと言ってくれていても、どんな変化があるかわからない。
これから先もずっとなんて、保障はどこにもない。
いつかそんな時が来たらと思うと、不安にのみ込まれて、心が潰されてしまうんじゃないかと思うこともあった。
庭で空を見上げているうちに、体が芯から冷えてくる。
……あぁ、だめだ。
寒いと星がよく見えるけど、ひとりぼっちじゃ人肌が恋しくなってしまう。
「……会いたいな」
会って「澪」と名を呼んで、「バカだな」って笑ってキスをして。
ぎゅっと抱きしめてくれたらいいのに。
そうしてくれたら、不安なんてあっという間に消えるのに。
そう思って、ひとり笑ってしまった。
笑いながら、叶わない願いに涙が零れた。
レイは今頃なにしてるんだろう。
私がこんなこと思ってるなんて、絶対思っていないだろうな。
私は涙を拭いて、スマホを取り出した。
今日あった出来事を文章にしかけて、私は手を止めた。
打った文字をひとつずつ消して、代わりに短いメッセージを打ち込む。
―――――――――――――――――
寂しいな。
今すぐレイに会いたいよ。
―――――――――――――――――
一瞬迷ったけど、私はメールを送信した。
レイと離れてから、ずっと言うのを我慢していた。
スマホを胸に抱き、ドキドキしながら空を見上げる。
返事はくるだろうか。
もし来たとしたら……レイはどう答えるんだろう。
体が冷え切っても、私はその場から動けなかった。
部屋でひとり寂しさと戦うより、まだここにいたほうがいいと思っていたのかもしれない。
だけど寒さで足の感覚がなくなり、仕方なく部屋に戻ろうとした時、スマホが震えた。
レイからのメールだとわかった途端、鼓動が一気に早くなる。
こんなにすぐ返事があるのは初めてだ。
呆れられたり、冷たくされたらどうしようと、見るのが怖い。
だけど、脈絡のない返事に「えっ」と声があがった。
―――――――――――――――――
俺が渡した時計、まだ持ってる?
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もちろん持ってるよ。
どうして?
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拍子抜けした私は指を動かす。
いつも返事は遅いのに、なぜか今はすぐにくれる気がした。
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それ、俺のかわりなんだけど。
そう思えない?
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数分後届いたメールを見て、私は呆れて笑ってしまった。
「……もう、そんなの思えるわけないじゃん」
思えるわけないけど、あの時計を渡してくれた意味を知って、さっきまでの気持ちが薄れていく。
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思えるわけないよ。
レイはレイだよ。かわりなんてないよ。
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それはそうだけど。
でも、今になって思うんだ。
俺も澪のもの、なにかもらっとけばよかったって。
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私は何度か瞬きした。
レイがそう思ってくれていたなんて思わなかったけど、どうしてそう思ってくれたのかはわかる。
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本当、今更だよ。
言ってくれたら、レイが欲しいもの、なんだってあげたのに。
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なんでも?
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うん、なんでも。
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本当に、私があげれるものならなんだってあげたのに。
寂しさは埋まらないけど、それを見る度に、私を思い出してくれたら嬉しかった。
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言ったね。
それ絶対覚えといてよ。
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「もちろん」と返事をしようとした時、先にレイからメールが届いた。
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ごめん、時間切れ。 もう行かなきゃ。
好きだよ、澪。
俺も会いたい。
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“会いたい”
最後の一文が、レイの声で頭に響いた。
ずっと聞きたかった一言だった。
だけど足りない。
嬉しいはずなのに、どうしてだか心が冷たくなった。
そのわけを考えてもわからなくて、でもずっと考えているうちに気付いた。
「会いたい」じゃなくて、私は「会おう」と言ってほしかったんだと。