テラーノベル
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指定された場所は、何の変哲もないカフェだった。
昼下がり。
人通りも多く、雑音に満ちた空間。
だからこそ、スパイ同士の
会話に向いている。
「……来たか」
先に席に座っていたのは、
ロイド・フォージャー。
いや、今この場にいるのはーー〈黄昏〉。
「お待たせしました」
私は向かいに座り、軽く会釈をする。
今日は “リナ”ではなく、
〈IRIS〉として。
「急な呼び出しですまない。」
「いえいえ。」
「…さて、本題に入ろう。」
カップに口をつける仕草すら
無駄がない。
ロイドは淡々と話し始める。
「最近、本部の動きが変わった」
「………」
「どうやら、君の報告内容が
調査範囲の拡大に影響しているようだ。」
視線が、真っ直ぐこちらに向く。
——探られている。
「私は規定通りの報告をしたまでです。」
「“規定通り”とは便利な言葉だ」
ロイドは静かに言った。
「君は優秀だ。
だからこそ聞く」
「君は—— フォージャー家を、
どう評価している?」
心臓が、わずかに音を立てた。
「……任務対象として見ています。
私情は持ち込んでいませんよ。」
「……本当に、“感情”はないのか?」
「…スパイに感情は必要ありません」
「………」
自分の声が、思ったよりも冷たく響いた。
ロイドはほんの一瞬だけ目を細める。
「なら、なぜ本部は“切り捨て”を
検討し始めた?」
「……!」
「(もうそんな所まで探っていたとは…)」
「……それは上層部の判断です。」
「君の報告が判断の材料になっている。」
「……」
「…〈IRIS〉」
「君は、何に気づいた?」
「……!」
……さすがだ。
「(これ以上は誤魔化しきれないな…)」
「……気づくべきことに、です」
「具体的に話せ。何を隠している?」
「…それを話せば、
あなたは“決断”しなければならない」
ロイドの指が、カップの縁で止まった。
「…私は常に決断しています。
その結果がこれ。」
「…何が言いたい。」
「……フォージャー家は、
“想定よりも危うい”」
私はそれだけを告げる。
「ですが同時に、
“想定よりも守る価値がある”」
ロイドの視線が鋭くなる。
「それはスパイとしての
評価ではないだろう。」
「承知しています」
それでも私は続けた。
「ですが私は、…“ まだ”、報告すべき
段階ではない”と判断いたしました。」
ロイドは、しばらく何も言わなかった。
——計算している。
利と損。
リスクと成果。
やがて、静かに口を開く。
「君は、自分が何をしているか
分かっているのか。」
「……はい」
「それは“保留”じゃない」
「“庇護”だ」
ロイドはいつもより低い声で、そう言った。
「……」
「君は、家族に肩入れしている」
「——違います」
「私は、任務の成功率を……!」
「上げたいなら、切るべきだ」
淡々とした言葉。
冷酷だ。 あまりにも。
「……それでも」
私は、初めて言葉を詰まらせた。
「今切れば…
取り返しがつかないんです。」
ロイドは、私を見つめる。
上司として。
先輩として。
そして——同じ嘘を生きる人間として。
「……分かった」
しばらくして、彼は言った。
「君の判断は、
“まだ”信じよう」
胸の奥が、わずかに緩む。
「だが条件がある」
「……」
「次何かあれば、……
俺が直接確認する。」
「……了解です」
「君が隠している“違和感”が、
任務を脅かすと判断した場合——」
ロイドは、はっきり告げた。
「俺が切る。」
「それでも、
君はこの任務を続けるか?」
問い。
逃げ場はない。
私は、一度だけ目を閉じた。
——フォージャー家。
——アーニャちゃんの笑顔。
——ヨルさんのぎこちない優しさ。
「……続けます」
迷いはなかった。
「…了解した」
ロイドは立ち上がる。
「ではこれは、“確認”だ」
それだけ言い残し、店を出ていった。
残された私は、
冷めたコーヒーを見つめる。
——信頼は、猶予に変わった。
その猶予が、 命取りになるかどうかは、
ーーまだ、 誰にも分からない。
コメント
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書き方が上手すぎる