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「おい、カレーパン買ってこい!」 授業が本格的に始まった、九月上旬の昼休み。
私はいつも通り、南ちゃんと絵美ちゃんの三人で机をくっ付けてお弁当を食べようとすると、長谷川くんは私の席まで来て茶色のがま口財布を押し付けてきた。
「はぁ? なんで、そんなことしないといけないの?」
「つーか、自分で行けよ! 男子ぃ!」
二人は長谷川くんを睨み付けて、そう言ってくれる。
「ありがとう、でも大丈夫だから」
私はニコッと笑って間に入り、財布を受け取る。すると。
[うっざー、また良い子ぶる気?]
[はいはい、偽善者]
……そう、二人の心が聞こえてきた。
無理に上げていた口角が、下がっていくのを感じる。
だめ、笑わないと。相手は口にしていない。そこに悪意はない。
心で思うのは勝手。そうでしょう? だから、私は何も聞いていない。
いつも通り自分にそう言い聞かせるけど、胸に詰まるその気持ちが私の表情を強張らせていく。
「うっせーぞ、お前ら! 代わりに行く気もねーくせに、ギャーギャー叫びやがってよぉ!」
長谷川くんは尖らせた声で教室中に響び渡るように叫び、鋭い目で二人を睨み付けていた。
「何! なんなのぉ? アンタのそうゆう所……!」
「分かった! カレーパンだよね!」
私はわざと音を立てて椅子から立ち上がり、気付けばその声も大きくなっていた。
長谷川くんに詰め寄っていた南ちゃんと絵美ちゃんはギョッとした目で私を見てくるけど、それは鋭い目付きに変わった。
心なんて聞かなくても分かる。ウザイと思われたって。
「あと、昼はカフェオレな?」
「……うん」
先程とは打って変わりまた声が小さくなった私は教室を出て行こうと歩き出していたけど、その足取りは気付けば小走りになっていた。
「カフェオレだって。あんなにイキってるくせにねぇ」
他のクラスメイトの、そんな小言が聞こえてきたからだった。
はぁ、疲れた。
廊下をしばらく歩いた私は、思わず溜息を漏らす。
周りを見渡せば、売店に走ったり、お弁当を持ち寄り中庭に駆けて行く同級生達。
みんな弾けるような笑顔で、すごく楽しそう。
一方私は、夏休み明け早々に失敗してしまい、今この状態。秘密を守ってもらう為とはいえ、とんでもないことになってしまった。
昨日、私が人の心を読んでいると気付いた長谷川くんに誰にも言わないでと頼んだら、差し出された条件は彼の言いなりになることだった。
授業中の居眠りで黒板が書き写せなかっと中休みに書き写しを指示され、移動教室でも荷物持ちとして行動を共にし、早弁用のおにぎりや昼食の買い出しまで。
私の自由は、なくなってしまった。
本当は逃げたいけど、言いなりにならないと私の秘密がクラス中に知られてしまう。それだけは避けたい。
だから、長谷川くんの言うことを聞くしかなかった。
しかし、ここまでして居場所を守る意味はあるのだろうか? あのギスギスとした教室を思い出し、ふっとそのような考えが過ぎる。
二年生の教室がある四階に対し売店は一階にあり、それだけで結構歩く。
階段を降り生徒用玄関を通り過ぎると、ようやく教室の一部屋を売店スペースにした場所に辿り着く。
階段を下る中で購入品を持参した生徒たちと多数すれ違っており、カレーパンが残っているかどうかヒヤヒヤしながらパンコーナーに走る。
メロンパン、焼きそばパン、コロッケパンと共に商品棚に並べられられていたカレーパンは残り一つだけになっており、はぁっと溜息を吐きながら手に取る。
幸いカフェオレは数があり、飲み物コーナーより一つ手にする。美味しそうだな。
……でも前に持参してお弁当と一緒に飲んでいたら、男子に媚びてるとか思われたからそれから持ち込まないようにしている。そうゆうのじゃなくて、単に好きなだけなのに。
だから学校では、好きなものすら気軽に飲めない。
「またかい?」
代金を払う為支払い用の机にカレーパンとカフェオレを持参したら、そう声をかけられた。緑のエプロンをした女性はお母さん世代の女性で、「売店のおばちゃん」と親しまれている。
「はい。お昼です」
ははっと笑って見せた。
「二年の長谷川のね」
「分かります?」
「この、がま口でね」
財布で誰のか分かるなんて、すごい。改めて親しまれている理由が分かる。
「ん? 飲み物は、これで良いの?」
お金を払う為にがま口を開けていたら、店員さんはそう聞いてきた。
「……え? はい」
あれ? カフェオレだよね? 聞き間違えたかな?
「ごめんねぇ、何でもないからねー。はい、お釣り二十円ね」
「ありがとうございます」
手渡しされた十円玉二枚をがま口に入れ、カレーパンとカフェオレを受け取る。
[あいつも、やるねえ]
……え?
突然聞こえた思念に思わず反応しそうになり、口を噤む。
#先生