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🍽 みりん亭 第6話「おいしくない、ありがとう」
「アンタ、ほんと現実で料理やってんのかよ! 味、終わってんぞ!!」
暖簾を強くくぐったその瞬間、怒号が店内を揺らした。
入ってきたのは、半袖パーカーにスウェットパンツの男性アバター。
金髪風の髪は跳ね気味で、キャップを後
ろにかぶり、顔には疲れた怒りがにじんでいた。
目元にはクマのようなシャドウ。全体的に荒れている雰囲気が漂っている。
「現実で食べたんだよ。あんたの“現実の料理”。あんなの、料理って言わねぇよ!!」
カウンターの奥、くもいさんは静かに立っていた。
今日も深い灰の和装。襟元に淡い黄色のラインが入った特別仕様。
一見いつも通りの姿──だが、どこか、表情が固まっているようにも見えた。
「……申し訳ありません」
そうだけ返したくもいさんに、男はテーブルをドンと叩いた。
「謝れば済むと思ってんのか? “VRでは絶品”って聞いて来たんだぞ。
おれはな、おれは──」
そこまで叫んだ時、天井の端から、小さな羽音が響いた。
やまひろだった。
鳥の姿の彼は、ふわりと厨房の天井近くに降り、
ひとつのログを、静かに実行する。
セリフバッファ:手動挿入済み(YH_user)
条件:user_anger_level > 80%
発動セリフ:
「それでも……あなたは、全部食べてくれたんですね」
→ 実行しますか? [Y]
「それでも……あなたは、全部食べてくれたんですね」
その言葉は、くもいさんの口から、違和感なく自然に流れ出た。
男の動きが止まる。
「……は?」
彼は一瞬、目を細めていたが、やがて椅子に静かに腰を下ろした。
「……そうだよ。まずかったけど、捨てるのは嫌だった。
食ったよ。無理やり……でも。……なんか、そういうのって、さ……」
そこからは、もう何も言えなかった。
しばらくして、くもいさんが味噌汁を出す。
味はない。香りも淡い。ただの、ぬるい液体のような演出。
だが、男はそれをすっと飲んだ。
そして、呟いた。
「……VRって、うそっぱちのくせに、
たまに……ほんとのこと、言うな」
やまひろはログを眺めながら、羽根でメモをひとつだけ残した。
セリフは他人のもの。だけど、使ってよかった。
// “うまく届くときがある” それだけで、十分だ。
男は、何も言わずに席を立ち、出口で一度だけ振り返る。
「……おいしくなかった。……でも、ありがとう」
くもいさんは、深く一礼した。
その頬には、ほんのわずかだけ、温度の変化があったように見えた。