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9 - 第6話「おいしくない、ありがとう」

♥

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2025年06月28日

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🍽 みりん亭 第6話「おいしくない、ありがとう」

「アンタ、ほんと現実で料理やってんのかよ! 味、終わってんぞ!!」


暖簾を強くくぐったその瞬間、怒号が店内を揺らした。


入ってきたのは、半袖パーカーにスウェットパンツの男性アバター。

髪は跳ね気味で、キャップを後 ろにかぶり、顔には疲れた怒りがにじんでいた。

目元にはクマのようなシャドウ。全体的に荒れている雰囲気が漂っている。


「現実で食べたんだよ。あんたの“現実の料理”。あんなの、料理って言わねぇよ!!」


カウンターの奥、くもいさんは静かに立っていた。

今日も深い灰の和装。襟元に淡い黄色のラインが入った特別仕様。

一見いつも通りの姿──だが、どこか、表情が固まっているようにも見えた。


「……申し訳ありません」


そうだけ返したくもいさんに、男はテーブルをドンと叩いた。


「謝れば済むと思ってんのか? “VRでは絶品”って聞いて来たんだぞ。

おれはな、おれは──」


そこまで叫んだ時、天井の端から、小さな羽音が響いた。


やまひろだった。

鳥の姿の彼は、ふわりと厨房の天井近くに降り、

ひとつのログを、静かに実行する。


セリフバッファ:手動挿入済み(YH_user)

条件:user_anger_level > 80%

発動セリフ:

「それでも……あなたは、全部食べてくれたんですね」


→ 実行しますか? [Y]







「それでも……あなたは、全部食べてくれたんですね」


その言葉は、くもいさんの口から、違和感なく自然に流れ出た。


男の動きが止まる。


「……は?」


彼は一瞬、目を細めていたが、やがて椅子に静かに腰を下ろした。


「……そうだよ。まずかったけど、捨てるのは嫌だった。

食ったよ。無理やり……でも。……なんか、そういうのって、さ……」


そこからは、もう何も言えなかった。


しばらくして、くもいさんが味噌汁を出す。

味はない。香りも淡い。ただの、ぬるい液体のような演出。


だが、男はそれをすっと飲んだ。

そして、呟いた。


「……VRって、うそっぱちのくせに、

たまに……ほんとのこと、言うな」





やまひろはログを眺めながら、羽根でメモをひとつだけ残した。

セリフは他人のもの。だけど、使ってよかった。

// “うまく届くときがある” それだけで、十分だ。







男は、何も言わずに席を立ち、出口で一度だけ振り返る。


「……おいしくなかった。……でも、ありがとう」


くもいさんは、深く一礼した。

その頬には、ほんのわずかだけ、温度の変化があったように見えた。

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