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「あれでいいの?トラビス」
「何がですかぁ?」
一頭丸々焼いた牛の肉を皿に切り分けてもらった物をベンチに座りながら食べている柊也が、フルーツジュースを片手に持っているトラビスに訊いた。
「結婚の承諾をしてたでしょう?でも、正直喜んで受けたって感じじゃ無いから」
「……あぁ、バレバレでしたか。恥ずかしいなぁ」
あはは、と空笑いをしたトラビスがジュースを一口飲む。複雑な心境を、トラビスは柊也にどう説明していいのかわからない。自分でもわからないものは説明のしようがなかった。
「同性だから、決断出来ないとか?」
「いいえ、それはありません。付き合ってもいない、年に数週間しか会わない相手からいきなり言われたので困っただけですよ。まぁどうせ、祝いの席の余興に使われただけの、ただのショーですって。本気になんかしちゃいません」
「じゃあ、ラウルの事は好きじゃ無いって事?」
「好き?……あぁ、んー……どうでしょうねぇ」
ヴァールスとラウルの関係を勘違いするまで、会えたとしても友人の帰省を嬉しいと思っていたが、それ以上である自覚は無かった。でも嫉妬じみた反応をしてしまった事を考えると、好き、なのかもしれないなぁと踊り騒ぐ村の人達の姿をぼんやりと見詰めながらトラビスは思った。
「そう言えば、トウヤ様は随分性別を気にしますね?」
「ご、ごめん……偏見は無いつもりなんだけどね、周りにはいなかったからさ。ただ馴染みがないだけだよ」
「その口振りだと、トウヤ様の世界では異性婚が主体なんですね。この世界では、呪いの影響で何千年も前から少しづつ同性でも子をなす個体が増えていったので、今では同性婚も普通なんですよ。異性じゃないと子供を作れない個体の方が、もしかしたらもう少ないかもしれません」
「そっかぁ……好きなら性別関係なく一緒になれるって、素敵ですね」
ラウルと一緒に鳥肉の串焼きや焼き菓子を手に持ち、人混みの中から自分達の元へ戻って来ようとしているルナールを、ぼんやりとした眼差して柊也が見ている。
懐っこいラウルはルナールの首に腕を回しており、ルナールはすごく迷惑そうな顔をしながらも、振り解きはしていなかった。手に持つ料理を犠牲にしてまで逃げたい程には、ラウルの行為を嫌ってはいないのだろう。
そんなラウルを見て、トラビスはやはり複雑な心境だった。ラウルは誰にだって距離が近く、自分が『特別』だとはどうしても思えないからだ。
「ただいま戻りました、トウヤ様。お望みの品ですよ、間違い無いですか?」
「ありがとう、ルナール!」
パッと柊也の顔が明るくなり、ルナールへ向けて両手を広げて喜んだ。
「これ忘れてるよ、トラビス」
ラウルはそう言うと、ルナールからパッと離れ、トラビスの頭にぽすんっとふわふわした金色のカツラを被せた。隙間から彼の丸い耳を片手で器用に引っ張り出し、きちんと整えて被せる。完成したトラビスの姿はちょっとライオンっぽかった。
「可愛いな!」
そう叫ぶなり、ラウルがトラビスへと抱き着く。ラウルの手には豚肉の焼き串を持ったままなもんだから、トラビスが即彼の頭を叩いた。
「似合ってますね」
トラビスが被せられたアフロヘアっぽいカツラをつんつんと突っつきながら柊也がそう言うと、ルナールが柊也の腰を片腕で抱いて引っ張り立たせた。
「さぁこちらへ座って。もう少しで本番ですから、何か少し時だけでも食べておかないと」
柊也とトラビスの近過ぎる距離に苛立ちながら、ルナールが近くにあった別のベンチに柊也を座らせ、その隣にルナールが腰掛ける。
「さぁどうぞ、トウヤ様」
ニコニコ顔でルナールが鳥の串焼きを口元へ差し出し、「あーん」と言う。「自分で食べられるよ?」と柊也は言ったのだがルナールは聞かなかった。
(これは無理だな、うん)
観念した柊也がおそるおそる口を開ける。赤い舌が視界に入り、ルナールは口元を綻ばせた。
「「あーん」」
互いにそう言いながら、柊也がルナールの差し出す肉を口に頬張る。じっとその様子を、トラビスに抱きつきながら見ていたラウルが「俺も食べさせたい!」と叫んだ。
「……いいけど、何が楽しいんだ?」
「いいから、いいから」
トラビスから離れ、さっきまで柊也の座っていたスペースにラウルが座る。頰を染め「はい、あーん」と豚串を差し出した。
さぁいざ食べようと思うと……直前までは何とも思っていなかったはずなのに、何でかちょっと恥ずかしい。人目も少し気になるしで、トラビスが躊躇した。
「俺からの口移しがよかったかい?」
ニッと笑いながらラウルがそう言うと、トラビスが迷わず噛り付いた。大きめで、噛みにくい豚肉を必死にもぐもぐと噛み続ける。
「美味しい?」
「美味しいですか?」
ルナールとラウルが同時に問い掛ける。柊也とトラビスが咀嚼しながらコクコクと頷いた。
それからもずっと四人は仲睦まじ空気を漂わせながら、一方だけが食事をすませた。腹は満たされたのだが、恥ずかしいやら照れ臭いやらで、柊也とトラビスは食べた気がしなかった。