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その日の雑誌取材では、愁斗くんとの絡みはほとんどなかった。
いつもなら、カメラの前でも自然にふざけたり笑い合ったりできるのに、あの日以来、どこかぎこちない距離感が生まれていた。
それでも、そのぎこちなさが、愁斗くんの中で少しは何かを変えたという証拠になるなら、後悔していなかった。
取材の後控え室に戻り、スタッフさんと打ち合わせを終え、次の移動に向けて荷物をまとめようとすると、愁斗くんが戻ってきた。
愁斗くんは俺を見るなり、気まずそうに目を逸らし、「おつかれ」とだけ言い、ソファでスマホを触り始める。
俺は自然を装ってソファに腰を下ろした。いつも通りの表情を作り、わざとらしく大声を出す。
「疲れたー。やっぱ撮影続きだと表情筋凝るなぁ～」
少しでもいつもの調子を取り戻すため、軽口を叩く。愁斗くんはスマホを見たまま、気の抜けた声で返事をした。
「……まぁ、今日は特にスケジュール詰まってるし」
その声には、まだほんの少し警戒が混じっていた。それでも久しぶりに口を聞いてくれたのがうれしくて、言葉を続ける。
「しゅーとくんも疲れた？ スタッフさん来るまで、俺が子守唄歌ってあげようか？」
「そんなの余計休めねぇよ」
呆れたような笑みを浮かべた彼の表情に、単純な俺はまた嬉しくなる。
「えー、ひどい！俺なりの優しさなのに」
「お前がそんなに余裕そうなら、俺もちょっと休もうかな」
完全にいつも通りに見える俺に安心したのか、愁斗くんはあろうことか、俺の肩にもたれるように体を預けてきた。
（……だから、どうして簡単にこういうことするんだよ）
心臓がどくんと鳴った。あの日、確かに俺の言葉は届いたはずだ。それでも、こうして俺に気を許してしまう無防備な彼の姿に、胸の奥がざらつく。
「しゅーとくん」
耳元で名前を呟くと、愁斗くんの肩がピクリと動いた。
「……何だよ？」
「この前言ったこと、忘れたの？」
「あ、いや……」
愁斗くんが目をそらし、言葉に詰まる。
彼の動揺を目の当たりにして、自分の中の熱がさらに高まっていくのを感じた。
「俺、本気なんだけど」
そう告げると、愁斗くんの瞳が揺れる。
いつも余裕そうな彼が、俺のせいで困っている。その事実に、どうしようもなく胸が満たされ、口元が緩んだ。
「……しゅーとくんはさ、俺のこと、どう思ってるの？」
「俺は、お前を弟みたいに思ってて……」
その続きが聞きたくなくて、彼の耳元に口付ける。
「こんなことしても、まだ弟みたいだと思う？」
囁くように問いかけ、彼の耳にゆっくりと唇を滑らせる。愁斗くんの肩が跳ねるように動いたのを見て、黒い欲望が頭を支配する。
「……っ」
愁斗くんは困惑しながら俺を押しのけようとするけれど、その耳は赤く、力は弱い。その姿が可愛くて、さらに欲望を刺激される。
「これからも弟扱いできるもんなら、どうぞ」
挑発的な言葉を投げて、そっと距離を取った。
今はまだ、ここまで。
愁斗くんがちゃんと、俺を見てくれるまで。
＿＿
控え室を出てから、少しだけ足を止めて深呼吸をした。
困らせていることに、罪悪感を感じていない訳では無い。
でも、愁斗くんに、もっと自分を見て欲しい。
弟みたいに可愛い俺ではなく、一人の人間として。
揺れる瞳や震える声、力なく押してくる小さな右手。全部初めて見た愁斗くん。
それらを思い出すたび、彼の色んな顔をもっと暴きたいという気持ちが膨らんでいく。
（……俺、我慢できるかな）
なんて情けないことを考えていたら、移動ためスタッフさんが呼びに来た。
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