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レッスン中、俺はダンサーメンバーとの振り確認に集中していた。
その時、視界の端で愁斗くんがバランスを崩すのが見えた。転ぶ──そう思った瞬間、まるで瞬間移動したように移動した聖哉くんが、愁斗くんを胸に抱くような形で受け止めた。
「しゅーと!」
「大丈夫!?」
メンバーの声がスタジオに反響する。愁斗くんは驚いたような顔をしながら、聖哉の胸板に身を預け、体勢を立て直した。
聖哉くんの腕の中ににすっぽりと収まる愁斗くんはなんだか可愛いが、同時に、その光景に胸の奥がズキリと痛んむ。
「っあぶねー。…ありがとう、せいや」
愁斗くんの照れたような笑顔と声が、聖哉くんに向けられる。その瞬間、黒い感情が胸を満たしていく。
「また筋肉ついた? なんかドキッとした」
ふざけた口調で軽く言う愁斗くんに、聖哉くんが照れくさそうに笑う。そんな微笑ましく感じるべきやり取りを見て、どうしようもない焦燥感が生まれる。
(俺も、聖哉くんみたいにもっとデカくて、もっと男らしかったら──)
あんな強引なやり方をしなくても、自然に愁斗くんの気を引けるんだろうか。
聖哉くんみたいに、力強くて落ち着いていたら、愁斗くんだって俺のことを対等に見てくれるんだろうか。
そんなことを考えている自分が惨めだった。
スタジオの鏡に目を向けると、現実の自分が写っている。細身の体で、愁斗くんに「可愛い」なんて言われるだけの存在だ。
____
レッスンが終わり、愁斗くんが荷物をまとめているところに声をかけた。
「しゅーとくん、ちょっと待って」
振り返った愁斗くんは、キョトンとした顔で俺を見る。
「一緒に帰ろう」
「……方向逆じゃない?俺たち」
「別にいいでしょ?」
軽く肩をすくめて歩き出すと、愁斗くんが少し戸惑いながらも隣に並んできた。
こういうところも、狙ってないくせに優しくてずるい。
夜風が吹く中、しばらく他愛のない話をしていたが、ふと胸の内が抑えられなくなった。
「俺、羨ましい」
つい、言葉にしてしまう。
「え?」
愁斗くんがこちらを見る。俺は俯いたまま靴先を見つめながら言葉を続けた。
「せいやくんってさ、いいよね」
「……せいや?」
「簡単に、しゅーとくんのこと意識させられてさ。俺にはできないのに」
言葉にしてみると、余計に悔しさと情けなさを感じて、不機嫌そうな態度になる。
こんなこと愁斗くんに言ってもどうにもならないのに。
すると、視界の端に映る愁斗くんは笑いだした。
「ちょっと!なんで笑うの!」
優しい目を細めて、こちらを見る。まるで俺の悔しさなんて取るに足らないものだと言うように。
「どうせ、また子どもだって思ってるんでしょ」
「ごめん、なんか可愛くて」
嬉しくない言葉。大人として対等に見てほしい。欲を言えば意識してほしい。そう思ってるのに。
そんな俺の気持ちなんて知らない愁斗くんは、いつもの無防備な笑顔をこちらに向けている。その笑顔が眩しいほど可愛くて、もう何でも良くなってしまう。
「……しゅーとくんって、ずるい…」
愁斗くんはいつもずるい。結局俺はいつも、彼には適わないんだ。
顔を背け、フードを深く被り直す。
胸の奥で渦巻く彼への気持ちは、もう後戻り出来ないほど大きくなっていた。