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#裏主
ピノノワール@ちょびっと低浮上
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カフェを出たあと、穏やかな時間はまだ続いていた。
「少し待っていてくれ。すぐに戻る」
そう言い残し、彼はほんの少しその場を離れた。
「ん、分かった。行ってらっしゃい」
何気ない返事をして、その背中を見送る。
――そのときだった。
「こんにちは。お一人ですか?」
背後から、穏やかな男性の声がした。
振り返ると、そこには身なりの整った男性が立っていた。柔らかな笑みを浮かべ、まるで知り合いに話しかけるような自然な態度だった。
「……誰?」
「そんなに警戒しないでください。少し、お話がしたいだけです」
男性は微笑んだ。
その笑顔は、一見すると親切そのものだった。
けれど、目だけは違った。
こちらを見つめる視線には、初対面の相手に向けるには不自然なほどの執着が宿っていた。
「あなたのこと、ずっと気になっていたんです」
「……は?」
「いつも、あの方と一緒にいらっしゃいますよね」
その言葉を聞いた瞬間、警戒心が強まった。
「……俺のこと、知っとるん?」
「ええ。あなたのことなら、いろいろと」
男性は一歩近づいた。
「今日は、あの方がいらっしゃらない時間ができてよかった」
「……何が言いたいん?」
「あなたと二人きりで、お話がしたいんです」
その声は、相変わらず優しかった。
しかし次の瞬間、男性の手が伸びてきた。
「ちょ、何すんねん!」
突然の出来事に抵抗する間もなく、視界が遮られる。
「大丈夫ですよ。乱暴なことをするつもりはありません」
耳元で囁かれた声は、ひどく穏やかだった。
「ただ……少しだけ、私に付き合っていただきたいんです」
目を開けると、見知らぬ部屋にいた。
窓にはカーテンが引かれ、家具は整然と並べられている。清潔で、奇妙なほど生活感のある部屋だった。
扉には鍵がかかっている。
「……はぁ。ほんま、面倒なことになったな」
小さくため息をつく。
恐怖がないわけではない。だが、こちらには古代呪術がある。必要ならば、いつでも使える。
焦って相手の思いどおりに動く必要はなかった。
やがて、扉が開いた。
「目が覚めましたか?」
先ほどの男性だった。
彼は手に飲み物を持ち、心配そうな顔で近づいてくる。
「喉が渇いているでしょう? どうぞ」
「……誘拐しといて、飲み物?」
「誘拐だなんて。私は、あなたとゆっくり過ごしたいだけですよ」
「それを誘拐っちゅうんや!」
男性は一瞬だけ黙った。
それから、困ったように笑った。
「……あなたは、あの方といるとき、本当に楽しそうですね」
声の調子が変わった。
「私といるときも、そんな顔をしてほしいんです」
「初対面の相手に何言うとんねん……」
「初対面?」
男性の笑顔が、わずかに歪んだ。
「私は、ずっとあなたを見てきたんですよ」
背筋に、ぞくりとしたものが走る。
「あなたが笑うところも、誰かと話すところも。……あの方を見つめるときの顔も」
彼は飲み物をテーブルに置いた。
「どうして、あの人なんですか?」
「……は?」
「どうして私ではなく、あの人を選ぶんです?」
穏やかだった声に、苛立ちが混じり始める。
「私のほうが、あなたを大切にできます。私なら、あなたをずっとそばに置いてあげられる」
「……そばに置く?」
「そうです」
彼は、こちらをじっと見つめた。
「あなたがどこにも行かないように。誰にも奪われないように」
そして、優しく微笑んだ。
「ここなら、邪魔する人はいませんから」
「……あんた、ほんまに何考えとるん?」
「あなたを愛しているんです」
即答だった。
「まだ私のことを知らないだけですよ。これから、ゆっくり知ってもらえばいい」
「勝手に決めんなや。俺はあんたのことなんか好きちゃう」
その瞬間、男性の表情から笑みが消えた。
沈黙が落ちる。
やがて彼は、低い声で呟いた。
「……あの方のせいですね」
「ちゃうわ。自分のせいやろ」
男性は答えなかった。
ただ、扉へ向かいながら振り返る。
「今日は、ゆっくり休んでください。また来ます」
扉が閉まった。
鍵のかかる音が、静かな部屋に響く。
一方、その頃。
「……遅いな」
戻ってきた彼は、先ほどまで相手が立っていた場所を見つめた。
姿がない。
周囲を見渡しても、見覚えのある姿はどこにもなかった。
数秒の沈黙。
「……おい」
声の調子が変わった。
「部下を集めろ。周辺を捜索しろ。目撃情報も、監視記録も、すべて洗い出せ」
普段どおりの落ち着いた声。しかし、その指示には一切の迷いがなかった。
「私も行く」
部下たちが一斉に動き始める。
彼は、最後に姿を見た場所へ視線を戻した。
「……まったく」
眼鏡の奥の目が、静かに細められる。
「私の大切な時間を邪魔してくれるとはな」
怒鳴りもしない。取り乱しもしない。
それでも、その声には明確な怒りが滲んでいた。
「見つけ出してやろう」
秘密の部屋。
ひとり残されたこちらは、扉を見つめていた。
「……少佐、今頃どうしとるんやろ」
心配はしている。
けれど、ただ助けを待つつもりもなかった。
古代呪術は、いつでも使える。
この状況をどう切り抜けるかは、自分で決められる。
「さて……どうしたろか」
静かな部屋に、小さな呟きが落ちた。
そして、閉ざされた扉の向こうから、再び足音が近づいてくる。
――まだ、この事件は始まったばかりだった。
コメント
1件
うわ、めっちゃ不気味やった……! ストーカー男性の「ずっと見てきた」発言がゾッとすると同時に、なんでそんな執着しとるんやろって気になる。主人公が古代呪術持ってるから助けを待たずに動ける余裕があるのもいいアクセントやね。少佐の「静かな怒り」もカッコよかったし、続きが気になる——!