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ふん、と、鼻を鳴らし、ナタリーは一歩踏み出した。
とたんに、ズシンと腰回りに衝撃が走る。
言われたように、馬に乗り過ぎたからなのだが、実のところ、引退という言葉が、のしかかって来たのもある。
原因を作ったキャプテンを、思わず見た。
そんなナタリーの睨みに、キャプテンは、にやけながら、
「まあ、そう怖い顔をすんなよ。足腰に来てるんだろ?ここを抜けると、街の入り口だ。辻馬車が拾える」
さらりと、かわしつつ、ナタリーの責めから逃げた。
「わかったわ、もうしぱらくの、辛抱ってことね?」
ギシギシと軋むような痛みに耐えながら、ナタリーは鞍の鐙《あぶみ》に足をかけ、再び馬に股がった。
徒歩では、到底、街へは辿り着けない。そもそも、歩けなかった。
馬上から、視界が開けた先を見ると、石を積み上げた城塀の連なりが確認できた。その向こう側に、目指す場所があるのだが……。
「あんたの花道を飾るには、多少、地味な場所だけどな、いいか!続けてカイルをおだてあげ、国を立てれば……」
「資産、ガッポガッポと、言いたいんでしょうが、名前も知らない小国に、そんな、ゆとりなんか有るわけないでしょ?それで、王妃だなんて!」
自分が言わんとしていた事を、皮肉を込めてナタリーに返されたキャプテンは、やれやれと、肩をすくめつつも、どこか、上機嫌に、再び真顔でナタリーへ詰め寄った。
「って、ことは、やる気になったか?」
「なっ?!」
どうゆう訳で、ちょっと見いい男は、ナタリーに食い下がるのか。
かなりひっかかる。
でだなぁ、と、キャプテンは、本心だろう今後の計画とやらを、やっと打ち明けた。
案の定、国庫を狙っているようで、国営の、カジノ運営だの、国営の、ワイナリー運営だの、とにかく、なにかにつけて頭に、国営の二文字がついてくる。
それを自分が管理して、ナタリーは、カイル経由で、資金調達というよりも、国営事業の促進を認めさせる係という、なんとも、堅苦しくまどろっこしい話が語られた。
「はっ、そこまで考えているなら、キャプテン、あなたが、宰相にでもなって、カイルを操ったら?二人は、それなり信頼し合っているようだし。カイルも、あなたの言うこと、おとなしく聞いているじゃないの」
言って、ああ、そうか。と、ナタリーは、気が付いた。
キャプテンこそ、国を狙っているのだ。ぽっと出の庶民でも、小国ならば、重鎮になれる。だからこその、カイルで、彼が、うん、と言わない場合のナタリー、なのだろう。
この国で、王妃がどれだけ政治に口出しできるのかは、不明だけれど、新たな国でなら、何でもあり。
キャプテンは、小国の財力をとことん、かすめるつもりでいる。そして、彼が実権を握り、カイルとナタリーには、自由は無くなる。最悪、キャプテンがやらかす事の責めが、二人へ向けられる。
権力は、無し。責任だけは、取らねばならない。ガッポガッポは、ナタリーではなく、キャプテンへ……。そんなこと、許せるはずがない。
離宮でも、と、調子付いていたが、後々処分しにくい物件、そんな物を手にしたら、まんまと、王妃とやらに祭り上げられ、傀儡師の腕の中に収まってしまうだろう。
ここは、ブルジョア層が好みそうなアパルトマン一棟が手にはいる程度の、宝石類を失敬し、のちのち、オーナーとして暮らして行くのが妥当だろう。今まで通り、小さな店も持ち、社交界の噂を集めて人脈確保。夜な夜な、小粋なパーティーに参加する。そんな、引退生活で、かまわないのではなかろうか。無責任に生きれるという、特典は捨てがたい。
とはいえ、その、資金源は、宰相が握っている。そして、一緒にいる男は、権力すなわち、宰相の座を狙っている。
そこまでは、ナタリーとキャプテンの利害は一致しているのだ。ならば。
「仕方ないわ。もう、逃げ切れないってことね?キャプテン?」
言われるまま、王妃になると見せかけて、貰えるものをもらって、トンズラさせて頂こう。カイルと破局したことにすれば、丁度良い。
ナタリーは、真の思惑を胸に秘め、キャプテンに従う振りをした。
「まっ、宰相さえ、押さえれば、まずは、オッケーということで、いいかしら?」
「おお、なんだか、物分かりがいいねぇ。やっぱり、引退、と、来れば、お前さんの格だと、王妃しかないよなあー!」
嫌みなのか、自分の希望が叶うからか、キャプテンは、豪快に笑った。
「さあ、いくぜ!」
捨て台詞を吐くと、馬の胴を蹴り、一目散に、街へ向かって行く。
まっ、今はこんなところか、と、ナタリーは思いつつも、これは、なかなか、手強い話になると、気を引き締め、敵であり、味方でもある、キャプテンの後を追った。
狭苦しい城門を潜ると、安宿が連らなる、路地裏の様な場所が迎えてくれた。
おそらく、他国からの行商人だろう人々が行き交い、厩舎に馬丁、辻馬車まで待機しているということは、ここは、見たままの裏通り、物流目的の中継地として使われる、抜け道のような所なのだろう。
国の顔とは言い難い、摩れた雰囲気の場所へ踏み込んだとたん、キャプテンは、テキパキと動き始める。
ナタリーへ、馬から降りるように言い、並ぶ厩舎の一軒に馬を引き渡して、何か、馬丁と話し込んでいる。
あの、放置してきた馬車についてかもしれないと、ナタリーは、ぼんやり思う。
突っ立っているナタリーへ、キャプテンは、再び声をかけると、すたすた歩き始めた。
「ちょっと!辻馬車を拾うんじゃないの!」
軋む体を引きづり、ナタリーはキャプテンを追った。
前を行く男は、特に振り返ることもなく、仲間が待っていると、ナタリーへ告げた。
色々と、手配済みということだろうが、辻馬車の脇を通り過ぎるキャプテンに、ナタリーは苛立ちを覚えた。
いったい、どこまで、この男に振り回されれば、良いのだろう。
これでは、本当に、王妃に祭り上げられ、一生を小国に捧げることになる。しかも、その国を一度潰せと。
潰せも何も、自然に、どこかの大国が、飲み込んでくれるだろうに。
ガッポガッポ。と、皆の裏をかく事を考えたナタリーだったが、この、しみったれた雑踏を見てしまうと、またもや、思いが揺らいだ。
ここまで、気乗りしない仕事が、いまだかつてあっただろうか。王妃の座を狙えという、本来なら、傾国のナタリーの二つ名全開の、輝かしき仕事は、磨きを怠り、くすみきった銀食器のように、どんよりとした物になっている。そう、今、体を引きずりながら、なんとか歩いている、通りの様に……。
おまけに、眼帯《アイパッチ》を付けた、大柄の男についていく、ヒラヒラした薄地の夜会服に身を包む女──、ナタリーへの興味津々たる視線が、降りかかって来ては、ちょっと待った!と、叫びたくもなる。
そんな、ナタリーの気持ちを代弁するかのように、あの軽薄な男の声がした。ついでに、馬鹿っぽい、鼻にかかった女の声までも。
「ハニーーーー!」
「やだ!ダーリン!私の、ダーリン!」
ナタリーへ駆け寄ろうとするカイルを、逃がすものかとばかりに、ロザリーが、腕をつかんで引っ張っている。
その背後では、例の車とすでに従者化している、男達が、これまた、肩をすくめ、ニヤニヤしていた。
馬車で道をふさぎ、通れなくしたはずの車と一行が、しっかり、現れたのだ。
「キャプテン!」
巻いたはずが、何故に、と、ナタリーは声を荒げ、
「キャプテン!」
と、カイルは、怒りの形相を浮かべ、声を荒げる。
「あ、早かったな。車ってやつは、便利なもんだねぇ」
どうゆうことだと、それぞれに、睨まれたキャプテンは、とぼけて見せる。
「キャプテン!なんなんだい!あの、馬車!てっきりナタリーが、置き去りにされたと思って、慌てたよ!」
しがみつく、ロザリーを振り払いながら、カイルは、ズンズンと、キャプテンへ向かって行った。
「話が違うだろ!馬車で、王宮へ向かうってことだったろう!」
カイルは、いたたまれないとばかりに叫んだ。
その怒鳴り声に、ナタリーは、ムッとする。
そもそも、あんたが、置き去りにしたのが、今に至っているのではないか。それを、今更、何が、王宮へだ。心配しただ。
と、小言の一つでも言いたいと、思うナタリーは、雑踏のざわめきが、自分達へ向かっていることに気がついた。
カイルが、発した、王宮という言葉に、通りすがりの者達は反応したようだった。
「まあまあ、カイル、そう興奮しなさんな、ここは、往来だぜ?」
キャプテンも、不味いと思ったようで、この場を立ち去ろうとカイルに声をかける。
確かに、人に聞かれてはならない事を企み、実行しようとしているのだ。
下手な野次馬に、捕まってしまうのも、これまた、厄介を越えた話になる。
ところが、今度は、キャプテンが発した、カイルという響きに、皆が、ざわつき始めた。
まさか、と、ナタリーは思う。
もしかして、皆、カイルの顔を知っているのでは?この国の王子であると、ばれてしまったのでは?
それは、それで、また厄介な事になる。
黒塗りの車に、従者のような男達、キャプテン、ナタリー、ロザリーは、ひとまず、置いておいて、これは王子のお忍びと思われたのか。
そのお忍びで、王子は、何か、揉めている。とでも、民衆の目には写ったのだろうか。人だかりが、すでに、出来始めている。
やはり、カイルという男は、どこまで行っても、足を引っ張るのかと、ナタリーは、げんなりしたが、いや、これは!と、ナタリーの指食が動いた。