当のコユキはというと、二十日目位まではパソコが召された日と同じ様にほぼ放心状態でチラシの裏に一所懸命描いた絵を眺め、次の瞬間グシャグシャに握り潰しては嗚咽を漏らし、それ以外の時間は何か食べているか、家族の問い掛け(主にリエの洗脳)に、カタカナ喋りの片言で答えたりして過ごしていた。
それでも、何日かに一度は幸福寺に出掛けては夜には送って貰って帰って来ていたが、そうした日は少しだけ人間としての知性が戻ってきているかに見えたのである。
終盤の十日を迎える位になると大分慣れたのだろうか、行動も落ち着いてきて話し方も通常の物に戻り始めた。
リエは内心で小躍りして思うのだった。
――――やったぞ、抜けてきた! BLの禁断症状から目に見えて解放されつつある! おお、神よ! ハレルヤ!
コユキは今も落ち着いた表情で一心不乱になにやら編んでいるのか、お馴染みのかぎ棒を猛スピードで動かしていた。
それから十日、朝早くから茶糖家は鉄火場のような騒ぎであった。
母ミチエ、叔母ツミコ、リョウコにリエ、トシ子おばあちゃんまで成人女性陣総出でコユキに振袖を着付けていたのである。
「くっ、おばあちゃん、帯足りないんじゃない?」
「そうだねぇ、一重太鼓(ひとえだいこ)でも無理かい?」
「うん、全然足りなさそう……」
「んじゃしょうがないから浴衣縛りでいいよ」
「ええぇ~」
「くっ! 襦袢(じゅばん)の襟が、あ、合わないっ!」
「ミチエさん、切ろう! 切って面テープで肩掛けみたいにしよう!」
「おばさん、バスタオルっているよね?」
「リエあんたねぇ~、肉は有り過ぎるほど有るんだからいるわけないでしょ?」
「そっか」
「お、帯留めが、ダメだ! 長さが全然足りないわ!」
「仕方ない端を解いて二本を組みなおすよ!」
「赤と青だけど…… いいの?」
「しょうがないじゃない! モードで通すのよ、モードで!」
「えぇ~流石に変だよぉ~、あ、あれは? ビニールハウス補強用の緑のテープ、アレだったらメチャクチャ長いよおぅ~」
「「「「そ・れ・だっ!」」」」
やいのやいの賑やかな事この上ない。
この間コユキはボーっとして立ち尽くしているだけだ、たまに飽きたのか動き回ろうとして皆に怒られたりしている。
とはいえ、女性陣(コユキ除く)の努力のお蔭で、パッと見豪勢な振袖バージョンコユキが完成した。
前日に何も考えていないデブが自分でチョキチョキ切ってしまったせいで、準備していた髪飾りは使えなかった為、派手目のヘアピンを用いて何とか華やかに仕上げた手腕は大したものであろう。
リエは出荷されていく、いや、出掛けて行くコユキの大きな背中を見送りながら思った。
あの時甘やかさないで本当に良かった、と……
なるほど、結構長く観察してしまったが、大丈夫!
好きな時間に移動して観察したり見直したり、無限ループ再生したり出来るのが私の能力『観察』なのだ。
元の時間に戻して若い二人の様子の出歯亀(でばがめ)を再開する事としよう。
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